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睡眠リテラシー第3回 女性のライフコースと睡眠

【日本の女性は、男性より睡眠が短い】

先日のコラムでは、日本には文化的・社会的背景として、労働状況にかかわらず、家庭での役割負担が大きい女性が睡眠時間を削るという傾向があり、日本は諸外国に比べ、社会参加項目と同様に、睡眠におけるジェンダーギャップが大きいことを伝えました。

OECDの調査では、全体の睡眠時間(442分)が例年最下位の日本ですが、同調査で、女性の睡眠時間(435分)が男性(448分)よりも短いのは33ヶ国中5ヶ国のみ、総務省統計局労働力人口統計室の調査によると、OECD加盟国中10ヶ国における有職者女性の睡眠時間が男性よりも短いのは日本のみでした。


【睡眠には性差がある】

睡眠に性差はあるか、という大きな問いへの回答は「YES」です。生物学的に異なる生理や解剖があるので、あらゆる生命活動に性差は出ます。

たとえば、女性は男性に対して不眠症は1.1倍弱、レストレスレッグス症候群は1.4倍、悪夢の経験は2倍多く、男性は女性に対してレム睡眠行動障害が4倍以上、男性の睡眠呼吸障害は閉経前女性の15.8倍、閉経後女性の2.5倍多いことなどがわかっています。

一方、コラムでも取り上げてきている加齢による変化睡眠サイクル、各睡眠相の役割はじめ、多くの睡眠生理に大きな性差はありません。


【女性ホルモンの変化と睡眠】

生物学的な性差のうち、特に女性の特徴として、ライフステージに月経の始まりと終了、妊娠、出産、育児、更年期というダイナミックな性ホルモンの変化があり、この性ホルモンの変化が睡眠に大いに関連していることがわかっています。前述、睡眠呼吸障害が閉経後に6.3倍も増えることからわかるように、人生を通して、女性の睡眠の質は変化します。

女性ホルモンには、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の二種類があり、それぞれの分泌に人生を通しての長期的な変動と、月経周期に伴う短期的な変動、そして上記のライフイベントにおけるイレギュラーな変化があります。

多くの女性は、月経前や月経期、妊娠中や更年期などに、不眠や過眠という症状を経験したことがあるのではないでしょうか。私自身は生理前と生理中には、起床時に眠り足りない気がすることが多く、日中の眠気や注意力の低下を自覚したことがあります。また、腹痛や頭痛などのPMSや月経随伴症状で、睡眠が障害された経験もあります。

科学的な事実としては、月経、妊娠、更年期などに起こる、特にプロゲステロン分泌量の大きな変化が、睡眠に関する自他覚症状の原因であることがわかっています。

しかし、社会に生きる人々の睡眠はむしろ、女性ホルモンの分泌変化のような生物学的な因子以上に社会的な因子からの影響が大きいでしょう。


たとえば生物学的には、出産後、急激にエストロゲンやプロゲステロンの濃度が低下することは睡眠の質を下げるリスクがある一方で、妊娠後期から濃度上昇を始めるプロラクチンは、出産後の授乳によってさらに分泌を促進され、深い眠りに貢献する期待があります。

とはいえ、産後の母親が眠れないのは何より、数時間ごとの授乳を含めた過酷な育児のせいでしょう。


産業保健や法に絡む社会的な文脈おいて、私はよく「イレギュラーのリスク」を強調しますが、妊娠、出産、新生児の育児というのは、イレギュラー中のイレギュラーで、BPSヘルスに影響をおよぼすのは、至極、当然です。

話は逸れますが、だからこそ、特に社会的な因子で母親や子供の睡眠が障害されるなど、BPSヘルスが増悪するリスクを低減するよう、社会全体で貴重な子どもたちを育てていく、子どもたちの人的資本、Human CapitalをSocial Capitalで拡大していく方向性こそ、最も投資価値のある社会施策だと信じています。


タレントのヒロミさんが、更年期障害治療をしているそうですが、実は私も、更年期障害の治療をしています。

今年に入って、睡眠医療を知ってからはじめて、連続して幾晩も眠れなくなってしまったのです。まだ春先でしたが、「暑い」と感じて、発汗が増えただけでなく、眠りが浅く、すぐに覚醒して、寝起きの熟眠感が低下しました。

睡眠医療を学ぶ前の私は、現在なら叱り飛ばす過労のビジネスマンたちと同様、労働時間が長く、睡眠時間が短いスタイルがデキる医者の証明だと思い、過重労働の上にプライベートの予定を詰め込んで、ベンゾ・非ベンゾを使用する日々を送っていました。無知って恐ろしいですね。

正しい睡眠を知ってから、ときどき寝付けなかったり、中途覚醒したり、熟眠感が得られなかったりということは、もちろんありましたが、それが連続することはなかったので、更年期障害の発症時には、1週間も我慢できず、すぐに隣の婦人科に駆け込んで、治療を開始してもらいました。

治療後3週間位で症状の軽減を感じ、数ヶ月が過ぎた現在は、あまり自覚症状はなくなりましたが、簡易睡眠ポリグラフィー検査では、なんと重症睡眠時無呼吸症候群という結果が出てしまいました。

2018年5月には、1時間の不十分な呼吸の回数を示すAHIという指標が5.6だったのに対し、2022年6月の結果は33.2、約6倍に増悪していました。ちなみに2018年時点でも軽症睡眠時無呼吸症候群(AHI:5以上15未満)で、中等症を経て、AHI30以上で重症という診断です。この辺は、睡眠リテラシー第4回 Objective Summaryの見方で説明しますね。

更年期障害の発症には、他のBPSヘルス不調と同様、卵巣から分泌されるエストロゲンの低下と、その制御因子である視床下部脳下垂体の失調をはじめとする生物学的因子(B)に加えて、成育歴、性格などの心理的因子(P)、家庭や職場における対人関係等、社会的因子(S)が複雑に関与します。

閉経移行期から閉経後にかけて、不眠症を構成する入眠障害、中途覚醒、早期覚醒を訴える女性の比率が有意に増加することがわかっています。

更年期の血中エストラジオール濃度が低下に伴う、卵胞刺激ホルモン(FSH)濃度の上昇は、のぼせ・ほてりや発汗などの血管運動神経症状(VMS)の原因となり、VMSと不眠の重症度が関係することがわかっています。私の場合も「アツくて眠れない」という症状でした。

おもしろいのは、自覚的にはVMSと睡眠障害は関係があるのに、皮膚の電気伝導度などによるVMSの他覚的所見とポリソムノグラフィーなどの睡眠の他覚的所見には、関連がないことがわかっています。私の場合も、症状は消失したと思ったのに、他覚的には睡眠障害がありました。

この一点は、心陽のスリープ・プログラムで提唱している、自覚的所見と他覚的所見の同時スクリーニングが有意義であると後押ししてくれそうです。


更年期に限りませんが、イレギュラーなライフイベントとつきものなのが、抑うつ気分、うつや不安という不安定な心理症状です。実際に、多くの精神疾患と不眠症の関係が明らかになっており、精神疾患や気分の不安定を原因とする不眠症と、不眠症を原因とする精神疾患や気分の不安定が複雑に絡み合って存在しているのが現状です。

私の場合は婦人科に駆け込みましたが、気分の不調が強い場合には、精神科に相談するのもよいでしょう。


またまた話が逸れますが、睡眠に関する普段とは違う感覚に気づいたり、誰かに指摘されたりしたとき、どの診療科に相談すればいいのでしょうか? 先日、研究室で、睡眠時無呼吸症候群の検査はどの診療科からの依頼が一番多いのか、という質問をいただいて、久々に古いアンケートを思い出したのですが、このように、かかりつけ医より精神科にかかろうとするのが、日本の特徴のようです。

一番良いのはスリープクリニシャン、つまり睡眠の専門家ですが、日本睡眠学会の認定医療機関を見ると、数は少なく、都市部に偏在しています。

睡眠学会には、精神科医、心療内科医、呼吸器内科医、循環器内科医、麻酔科医、公衆衛生学の研究者等各診療科の医師だけでなく、製薬会社や技術職などなど、学際的なメンバーが集まりますが、全体として、睡眠診療の保険診療制度上のインセンティブは低く、専門家が不足しています。日本の国内一般病床数は米国の4.4倍ですが、睡眠診療対応病床数は0.1~0.2倍です。米国でも睡眠専門家の不足が課題として捉えられているので、日本の深刻さがわかります。


妊娠、出産や不妊治療、避妊治療で産科、婦人科のかかりつけがある場合はまず主治医に、月経、更年期などの女性ホルモンの変化を伴う時期に不眠が現れた場合は婦人科医、またはかかりつけ医に、最初の相談をしてみてください。

初診に訪れる診療科を悩む人々は多いのですが、診療科を問わず、訪れた患者を適切な診療科にリファーするのは、医師、医療機関の機能だと考えています。非医療者が適切な診療科を最初に訪れられないのは当然ですから、学生時代、医師時代を通じて得た横のつながりと自分の専門性を大いに発揮して、診療に当たりたいですね。



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