このところ、衝撃的な音や映像が繰り返し報道されています。インプットしたくなくても、勝手に入ってきます。
イレギュラーな刺激は人の心身に良くない影響を与えます。心身社会的なBPSヘルスにおいて、この「イレギュラー」は一つのキーワードで、事故や事件、不調の背景には必ず、イレギュラーななにかが含まれています。
健康管理も安全管理も組織管理も、私はイレギュラーに注目して進めます。
「ホームズとレイのストレス尺度」では、「昇進」や「結婚」、「クリスマス」など、すごく待ち遠しくてワクワクするようなイレギュラーなイベントが、心身にストレスを与えると分類されています。
ましてや、誰かが傷ついたり苦しんだりするという、心理的負担かつイレギュラーなインプットは、大きなストレスです。見知らぬ国の戦争や災害の映像でもつらいですが、知っている場所や知っている人だと、更にきついですね。
現代社会は情報にアクセスすることより、距離を置くほうが難しいので、知りたくないこと、忘れたいことをインプットしてしまう機会が多いです。
もちろん、生きていると、一生忘れたくないこと、ずっと大切にしたいこと、仕事や学業の上で、あえて覚えておかなければならないインプットもたくさんあります。
できれば、気持ちがざわつくような情報は知覚しないで、自分の生活に役に立ち、心がほわっと暖かく、よい気分になるような情報だけをインプットしたいものですが、残念ながら、インプットの段階で、自由に取捨選択することは、生物学的にはできません。 たとえばインターネットのフィルタリングで子供から有害サイトを遠ざけるとか、テレビ番組などで凄惨な場面や喫煙や飲酒などのシーンを制限するような、社会的、物理的な工夫は可能です。 意識的にインプットを選別することはできませんが、セルフフィルタリングで、あなたにとって好ましくない情報源に近づかないようにする努力は、あなたを守ります。他の人は平気なのに、自分だけ気にしすぎだと思っても、耐えているうちに慣れて気にならなくなることはありません。あなたが不快なら、その情報源からのインプットは、避けたほうがいいのです。訓練では変わりません。それだけあなたが繊細で、想像力が豊かで、敏感だというすばらしい個性なのですから、わざわざ鈍感になろうとしないで、情報源を避けてください。不快なインプットは人によって多様です。自分で逃げるのが最適な手段です。
ストレスや疲労に対して、気分転換や趣味への没頭、リラクゼーションが必要とか、苦手な相手なんていない、人類みな兄弟、心を割ってコミュニケーションを取ればきっとわかり合えるとかいう論調は、根性論と同じだと私は思います。「心頭滅却すれば火もまた涼し」と、小学生時代に教師から指導されましたが、命に関わる熱中症や熱傷の前で、なんの防御にもなりません。
疲労の原因は精神の脆弱性ではなく、生命活動の結果です。代謝プロセスです。ストレス解消、疲労回復には、睡眠しかありません。
私たちは覚醒中、意図的にというよりはむしろほとんどが無意識に、さまざまな情報をインプットします。
このインプットが、頭の中で、優先順位に応じて整理されて、不要なときには思考の邪魔をせず、必要なときには瞬時に手元に過不足なく揃えられたら、どんなに仕事が捗るでしょうか。
ところが、どうでもいいことをいつまでも覚えていたり、大事なことを忘れてしまったりという経験は、どなたにもあるでしょう。
都合よく、覚えておくべきことだけ覚えられて、忘れたいことはスパッと捨てられたらいいなあと思いますよね。
何かをしようと思って、ある場所に行ったのに、何しにきたか忘れてしまう、顔はしっかり浮かんでいるのに、よく知っている人の名前が思い浮かばない、そんな経験はよくありますね。
反対に夢の中では、何十年前の子供時代の同級生の名前をスラスラ言えることはあっても、大事な言葉が思い出せないという場面は稀です。
絶え間なく浴びせられる激しいインプットの数々を適切に分別して、必要なときにいつでも取り出せるようにわかりやすく保存する、記憶の適切保存には、睡眠こそ、唯一最高の手段です。
反対に、睡眠の生命活動上の意味の一つが、「日常の認知機能を保つため」であることは、これまで、3回にわたる、ボケたくないなら眠りなさいシリーズはじめ、多くのコラムで強調してきたとおりです。
前回は、睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、ノンレム睡眠には深さの段階があるということをお伝えしましたが、そのフェーズそれぞれで記憶の定着にかかわる役割があります。
覚醒中のありとあらゆる情報を、インプットするかしないかの取捨選択をすることはできなくて、覚醒中のインプットは絶え間なく、一次ストレージである海馬に集められます。
「海馬が記憶に関係する」というのも、よく聞くフレーズですよね。
海馬に集められた1日分のインプットを、取捨選択して適切なフォルダに保存するという作業は、睡眠中に行われます。睡眠中にしか、行われません。
睡眠のはじめの「黄金の90分間」に到達するN3(声や物音がなっても目覚めない深いノンレム睡眠)では、1日分のインプットの棚卸しが行われます。
覚醒中のインプットのこまめな荷降ろしとN3中の棚卸しの大きな違いは、N3を含む睡眠中は、一切インプットをしないことです。覚醒中のインプットをコントロールする方法はありませんが、インプットを遮断する伝家の宝刀が睡眠です。
新しい積み荷が届かない状況で海馬いっぱいの荷物を一通り並べて、本日のインプットを確認します。実際の運搬作業はありませんが、インプットを開梱し、ファイルを整理して、今後の作業計画を練っている時間です。インプットはそのままの形ではなく、インプット内のファイルを整理してから保存します。 このとき、インプットもなければ、適切な場所への保存もしないので、N3の脳は、その電気的な活動を最小限にして休息します。 その間にグリア細胞はその身を40%も縮めて間隙を作って、グリンパティックで脳の構造を水洗いすることは、ボケたくないなら、眠りなさい② 究極の脳内デトックスで、ご説明しました。
個性の範囲内で海馬の容量が小さいとか、インプットの量が大きいとかで、1日分のインプットが保存できないことはありませんが、毎日の睡眠で海馬の掃除をして、前日までのインプットを片付けておかないと、容量不足による保存失敗や上書きが起こります。
正常な認知機能には、充分な睡眠時間が必要ですから、毎日1回、しっかり8時間以上、規則的に睡眠を取っている人のインプットは上書きされません。インプットが記憶として定着「しない」理由のひとつが、この上書きです。
N2、N1の浅いノンレム睡眠では、それぞれのファイルのクラウド保存と海馬の清掃が行われます。いらないファイルはその他のラベルでアーカイブして、大切なファイルは忘れないように、また、取り出しやすいように、嫌な記憶は鍵をかけて閉じ込めるなど、ファイルの性質に合わせて、ラベルを付けて管理します。ファイルがフォルダ内に保存されるたびに、海馬はきれいになっていき、翌日のインプットを保存するスペースを復活させます。
レム睡眠はクラウドに保存したインプット情報をもとに、クリエイティブな作業を行う時間で、脳の活動は非常に活発です。
運動や楽器演奏など、習得した運動動作や技術を体で記憶するのもレム睡眠の間です。
たとえばピアノ演奏、眠る前にいくら練習しても間違えてしまった箇所が、翌日にできてしまう、ということがありえます。
体操の内村航平選手は、世界で初めての技を何度も成功させていますが、そのような技は初めて挑戦する前にまず、成功する夢を見るのだそうです。
私達の脳は、誰かのマネをしたり、一度できたことを再現したりするのが得意な一方で、イメージできていない動きを体現するのは難しいです。
内村選手の場合は世界初の技なので、模範となる選手がいないから、夢で見るしかないのです。
また、ビートルズの名曲、イエスタデイがポール・マッカートニーの夢の中で誕生したのは有名なエピソードです。彼は、確かに聞いたことのある名曲を「これ、なんの曲だっけ? 知ってる??」と、周囲に聞いて回ったそうですが誰も知らないので、たしかに夢で自分が作ったと納得できたようです。
私は、この保存システムについて知ってから、更に睡眠時間を伸ばして、終盤のレムでどんどん仕事を片付けるようにしています。近年、レム睡眠の健康効果や、まだ明らかにはなっていないレムとノンレムの切り替え機構に関する科学的エビデンスがどんどん登場しています。
覚醒中のインプットの質と量ばかり注目されますが、何をインプットするかを選別することはできないので、賢く保存して、賢く未来に投資するのをお勧めします。睡眠は、最高の自分磨きとも言えるのです。
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