健康経営とポピュレーションアプローチ(2)Ver. 3

最終更新: 1月23日


健康経営とポピュレーションアプローチ(2)2020年バージョン _ 本邦唯一、公
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企業が従業員の健康に投資する科学的エビデンスと経済的妥当性に関するシリーズの第2段です。第1段、第3段はこちら。健康診断有所見率は高いけど、症状がないからとか、一生薬を飲み続けなければいけないからとか、治療してもらえない高血圧ですが、実は至適血圧の方が降圧薬を飲んでも心血管イベントリスクは低下します。普段得体のしれないものを平気で食べているのに、科学的に効果と安全性が保証され、経済的に保障される治療を避けるのは、専門家である私には不思議です。


フレミンガム研究

(1)で予告しましたとおり、フランクリン・ローズベルト大統領は、1945年4月、ヤルタ会談の2ヶ月後、脳卒中によって突然死しました。

発症時の血圧は、300/199mmHgだったと言われています。

現在、国際標準の高血圧のカットオフ値は130/80mmHgですから、この数値がいかにぶっ飛んだものかはなんとなく想像がつくと思います。



当然ですが、立派な医師団が彼の健康にそれまでも配慮を続けていました。 ちゃんと血圧も測っていて、選挙やらDデイやらヤルタやらで急上昇する状況も確認されていました。血圧測定は1905年、ロシアの軍医が測定を開始したという記録があります。 あきらかに職務によって悪化(血圧上昇…悪化として捉えられていたかは微妙)するのですから、ある意味、産業保健的疾患だったわけです。その上、実際に合衆国憲法第2条により、現役大統領の死は労災どころか「戦死」扱いとなるのですから、そりゃあ国威をかけて避けるべく、優秀な医師団がケアしていたのです。

「薬飲んでなかったの?」と思いますよね。

「飲み忘れ?」なんてね。

2018年に生きる私たちは単純にそう思いますが、 「高血圧と死亡率に関係があるらしい」 という話題がアカデミアに出はじめたのが、ルーズベルトが亡くなる1945年の数十年前で、

「血圧を下げると心血管リスクや脳卒中のリスクが減る」

という、現在では子どもでも知っているレベルで当たり前の世紀の大発見は、1949年から始まるフラミンガムの疫学研究を待たなければなりませんでした。


さて、疫学研究とは何でしょう。

それは(1)の後半をまずご一読ください。

フランクリン・ルーズベルト大統領が1945年に脳卒中で亡くなった当時、300/199mmHgという血圧の危険性(リスク)は、あまり把握されていませんでした。 高血圧のリスクは、1948年にボストンの郊外にあるフラミンガムの人々をコホートとしたフラミンガム研究を待たなければならなかったこと、フラミンガム研究のような疫学研究を行なう研究者のパイオニアとして、麻酔科医としてもパイオニアであったジョン・スノーという医師が存在したこと、その姿はまるで健康経営を推進する経営者の鑑のようであったことを前回はお伝えしました。


フレミンガムはボストン近郊のあまり豊かとも治安がいいとも言えない田舎町で、当時15,000人ほどの人口でした。この村ごとすっぽりコホートという研究対象にした観察研究がなかったら、現在の医療は一切違ったものになっていたでしょうね。 1948年に始まったフレミンガム研究は今年70年目を迎えます。 この70年間、世界でトピックになる話題のほとんどすべてへのきっかけを作ってきたとも言える地球の財産と言ってよいコホートです。 70年間観察されるうちにアルツハイマーなど認知症の研究など対象疾患も多様化し、特に資金繰りの問題でなんども観察中断の危機を乗り越えて、現在も第一線で医療へのヒントを与え続けています。 フレミンガム研究によって「高血圧は健康に悪いらしい」という仮説が現実にまで高められる過程で、1957年のサイアザイド系利尿薬を皮切りに、1964年にβ遮断薬、1971年にカルシウム拮抗薬、1975年にα遮断薬、1977年にアンジオテンシン変換酵素阻害薬、1991年にアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬という血圧を下げる薬たちが誕生します。 血圧をコントロールする研究と並行して次々に新薬が開発、発表されていったのですね。

高血圧治療の歴史が意外に短いことに驚きませんか?

もう一度、死因のグラフを見てみると、1970年代を皮切りに脳血管疾患が減りはじめます。

降圧の効果が結果として表れてきたんですね。

1970年代後半に治療によって血圧をコントロールしていた人はそれでも患者全体の10%、その10年後には3倍の29%にまで増えました。

現在では60%近くがコントロールされていますが、なぜ100%にならないのでしょう。

この純粋な疑問は職場の健康経営にも非常にヒントになるところです。

今や安全で効果の高い降圧薬がたくさん開発されているので、高血圧を放置している従業員に治療を促すだけでも、大きな医療費とアブセンティーイズム、プレゼンティーイズムを節約できます。認可されている優秀な薬は名医が処方してもヤブ医者が処方しても同じように完璧に能力を発揮します。

現在では非医療者でも知っていて当たり前の血圧と脳卒中の関係、証明されるまでは長い時間がかかるものの、ひとたび証明されれば血圧を下げる薬の開発が行なわれ、開発に成功して販売された科学的に効果の証明された降圧剤を飲めば、確実に脳卒中が予防できるというシンプルな話になり、そこにはもう実は医者なんて必要ないくらいの話です。

そもそも最初からこの血圧と脳卒中の関係、特に医者は必要ありません。

血圧が高ければ血圧を下げる薬を飲めばよく、それは自動販売機で買っても同じです。

少なくとも処方箋を書くなんて仕事は、高いお金と長い時間をかけて獲得する医師免許ホルダーの人件費の高い専門家がしなければいけない仕事だとは思えませんね。それにしても処方箋は680円の3割負担で200円、未来の突然死リスクを下げるなら投資価値はあります。


ちなみに日本には1961年から1,621人20年間のコホートを対象にした久山町スタディがあり、同様に世界の、もちろん日本の降圧過程に貢献しています。

血圧を下げる薬を飲みはじめるのを我慢している労働者には、経営者が指示しちゃったほうが手っ取り早いとは思います。

公衆衛生への寄与度でいえば、経営者諸氏のほうが医師免許持ってるだけの自動販売機よりもずっとずっと期待値が高いです。確実に多くの人の死亡リスクを低下する力を持っています。そしてそれは、企業の収益に繋がります。


薬を飲むのを我慢しても血圧が下がることはなく、むしろ我慢というストレスは血管を収縮し、血圧を上げるでしょうね。よって、脳卒中のリスクが下がることもありません。保健指導を受けても野菜を多めに食べても血圧は下がりません。

もしあなたが研究者なら研究の結果を疑って反証してもよいでしょうけれど、そうでない場合、ひとまず、賢く忍耐強い人々のお金と時間をかけた研究成果と、それに続く別の賢く忍耐強い人々の開発成果である薬を飲んで、自分の強みを活かす方法で社会に貢献する道を選びましょう。


むろん、ほぼすべての薬には副作用がありますが、主作用が重要です。降圧剤を飲んでも目標値まで血圧が下がらなければ、飲まずに放置している人とリスクは同等です。だからこそ副作用をミニマムにしてすぐに結果を出す戦略的な処方が必要で、これは医師にしかできませんが、おそらく現在高血圧治療をしているすべての人、するべきだけどしていないその3分の2くらいの人(前回コラム参照)にとって、ごくごくフツーのスタンダードな処方で効果は出ます。特にやっていない人は現状効果はゼロですから、スタンダードな治療をまず闇雲に開始することでなんの問題もありません。それで下がればラッキーです。

最高の治療がこの世にあるとしても、「やらないよりマシな、安くて早くてアクセスしやすい治療」で最高の治療と同等な得られる場合は非常に多いです。できるだけ副作用の少ない薬を飲みたい健康オタクな人々は、自分で病院に行けばいいのですが、そうでもないその他大勢の人たちには企業がましな治療へのアクセスを与えてあげるのもいい案です。

そして、治療を開始してもいつまでもダラダラと目標降圧を達成できない医師を取り替える指示も経営者がしてあげましょう。大切な従業員に無駄な時間とお金を使わせて、結果、収益も上がらないのは馬鹿げています。


この、企業が健康経営の一環として行なう予防・健康向上プログラムとしてのマシな医療の提供には、前述、ハーバード大学院教授のイチロー・カワチ先生が膝を打って大賛成してくれました。嬉しかったです。


高血圧の社員を無作為に2群にわけ、有無を言わさず治療をする群と何もしない群にわけた研究があります。

一年後、治療をした群には薬の副作用と思われる不定愁訴が圧倒的に増えるという結果以外に差はありませんでした。

この研究は降圧薬の内服に意味がないとか、降圧薬は飲まないほうがいいとかを示すものではありません。

研究の結果の扱い方を知らないとミスリードしてしまい、正しい設定の研究もリアルサイエンスからポピュラーサイエンスの誤謬に落とされてしまうことがあります。


高血圧の治療は心血管系疾患リスクをミニマムにすることが目的であり、不定愁訴を減らすことではありません。


イベントが起きなければ、薬を飲んでも飲まなくても、その日の血圧のケアは成功です。

そして、イベントはほとんど起きません。


喫煙したら翌日には死ぬというような毒なら、禁煙しないどころか喫煙する人はいません。

収縮期血圧が300mmHgの人は、脳卒中を100倍起こしやすいとしても、血圧が300mmHgの人々の中でも、脳卒中が起こらない人のほうが圧倒的に多いのです。

また高血圧治療がイベント予防である以上、こちらのコラムでも再三お伝えしているように予防効果の定量は不可能です。高血圧だからって即死しない人がほとんどだし、症状もないけど、いざ起きたらおおごとであるイベントを避けるための治療の効果は血圧でしか測定できませんが、血圧は非侵襲的で簡単で安価で結果がすぐ出る最高のモニターです。

降圧してイベントが起きなくても、降圧のおかげというわけではない場合は多いけど、要は起きなきゃいいんだから血圧は下げといたほうがいいというお話です。

リスク因子と結果には図のようにいくつかのかたちがあります。

たとえばb)は、ちょっとでもがあると結果に影響して、用量依存で結果の頻度が高まる喫煙と肺気腫のような関係です。 血圧と脳卒中(または心血管イベント)リスクはC)タイプで、じわじわ増えるけど一定の値から二次関数的に結果の頻度が高まる関係です。いわゆる高血圧の定義のようなカットオフ値は変曲点をイメージしています。

日本では収縮期血圧の値が140mmHgか拡張期血圧の値が90mmHg以上であれば高血圧と定義されます。

最近の知見ではこの定義を130と80に引き下げることが望ましいことがわかり、国際的な定義や米国をはじめとする多くの国における定義が変更され、おそらく日本でもまもなく変更されます。

こういう改正からも明らかなように、便宜上定義として数値を上げてはいるものの140や90という数値に明確な根拠があるわけではなく、定義というのは法律同様あくまでも仮想的なものです。

非医療者の皆さまはなんとなく医療を絶対的な学問だと夢想しがちですが、実は手探りの状態で、ほとんど仮想で組み立てられています。

たとえばフレミンガム研究が最初に明らかにしたのは、脳卒中を発症した人の発症前の拡張期血圧が発症した人数ときれいに正の相関をしていたこと、つまり、血圧が高ければ高いほど脳卒中が起こりやすいということです。

ここで注意してほしいのは、高血圧の人が脳卒中を起こすということが科学的に明らかになったのではなく、血圧が高いほど脳卒中を起こしやすいということが観察的に示唆されただけなのです。

そこで血圧を下げてみたら、実際に脳卒中の発症が減ったので、どうやらこれは本当らしい、意義のある治療だとなるわけです。

医学の教科書の文言は「~~が示唆されている」とか「~~と考えられている」とかいう語尾がほぼすべてで、絶対的に「1と1を足すと2になる」のような記述は見当たりません。ことほどさように曖昧な領域であることをまず、ご理解下さい。

139と140でなにかが劇的に変わるわけではありません。


ある一定の値まではほとんどリスクがない、あるいはいくらリスクを下げても、消しても一定の割合でイベントが起こってしまうほぼフラットな状態から、それこそ5mmHgの血圧の上昇がイベントリスクを目に見えるほど上げるレベルまでさまざまです。

医者で薬をもらっているからと安心しても、イベントリスクが軽減できていない場合があると前述したのはそのためで、少しでもリスクが高まる状況にあるなら治療をしたほうがいいし、治療をしてもリスクを減らせていないのなら意味がありません。 至適血圧の人でも血圧が下がればリスクは下がります。激しい低血圧では低血圧症状が出ますが、脳卒中リスクだけを考えれば、リスクは低下します。


日本だけで1,000万人以上の高血圧患者がいて、500万人近い患者が血圧をコントロールされていない事実、これに必要なのは、血圧を下げたほうがいいという知見でも、血圧を下げる薬の開発でもないことは明らかです。

そう、薬を飲むという行動だけです。

残念なことには、この500万人の中には、医者から出される薬を何年も飲んでいる患者も含まれていますが、これこそ経営者の力で目を覚ましましょう。悪いのは結果を出せない医者ですが、それを嘆くより結果を出せる医者に取り替えたほうが早いです。

薬を飲む目的は気休めやコンプライアンスではなく、降圧によるイベントの予防です。

降圧できていない治療は治療とは言えません。しっかりと自分の治療に向き合い、結果を出せるよう、経営者が促しましょう。

人々が健康を獲得するのは研究による知見と、そこで発見された課題を解決する、たとえば薬の開発が必要です。

しかしその後、それを人々が利用しなければ、人々の健康が変化することはありません。

知見が増えることで脳卒中を始めさまざまな病気の発症が減るのは確かです。つまり知見によって病気が予防できます。

脳卒中だけでなく、同様に突然仕事ができなくなり、莫大な医療費がかかることになる心筋梗塞など、多くの疾患リスクがさまざまな生活習慣の改善によって低減できます。

心筋梗塞の9割は予防可能なのにもかかわらず、現在日本の死因の第2位なのです。

近年、ヘルスリテラシーという言葉が一般的になりましたが、確かにリテラシーと健康には確実に関係があります。

健康診断や人間ドックも知ることの一つですから、悪いとは言いません。

ただし、どんなによい知識であっても、それが知識のままでとどまって行動に変換されることがなければ、知識を持っていなかったときより健康になれることはない、それが大切なところです。



図を見ればわかるとおり、脳卒中の発症率【オレンジ】をプロットしていくと血圧が高いほど発症しやすいという関係が見えますが、実際に発症する人数【濃い緑】を見てみると、発症者数のピーク血圧は高血圧の基準よりも低いことがわかります。

これこそ、ジェフリー・ローズ先生が「予防医学のストラテジー」の中で唱えた、「予防医療のパラドクス(Preventive Paradox)」です。

予防医療と表現すると医療機関が行なうことのように感じられるかも知れませんが、予防医療と健康経営にはこれもまた冒頭でお示ししたとおり、差はありません。

企業の経営の一環として、従業員の健康を高める、つまり資本価値を高めるために従業員の健康という人的資産を高めるという投資は予防医療そのものです。

従業員の健康は、そのパフォーマンスと相関し、企業風土に直結するからこそ、企業全体の生産性につながります。

個々の従業員の健康やパフォーマンスは平均化したり、一定の値に抑えたりしないで、無限に最大化したほうがよいものです。

たとえば従業員の健康やパフォーマンスに一定のカットオフ値を設け、健康やパフォーマンスが不十分な従業員にのみ、カットオフ値に届くような指導を行なうことが、企業の役割でしょうか。従業員はカットオフ値までしか成長しなくなります。


会計的視点で見てみても、なにがしかの予算を投じて従業員の健康を向上する場合に、しっかりとしたセルフケアで健康とパフォーマンスを保ち会社に貢献してくれている社員にではなく、健康やパフォーマンスに問題のある社員に資本を投じるのは不適切と言えます。

たとえば高BMIの社員だけに万歩計を配るような予算を福利厚生費として計上している企業がありますが、福利厚生費の原則は全従業員に対して行なうことです。


つまるところ職域のヘルスプロモーションは弊社のような公衆衛生の専門家にBPOしてくださるのが一番、企業にとっては無駄のない選択肢です。

臨床医は症例と患者を個人レベルで診ることが仕事ですから、エコロジカルな視点で企業の健康と生産性に向き合える社会疫学的視点を持つ参謀と手を組んでください。

どちらもできるのが弊社です。

今、個人レベルでも企業レベルでもできる大切なことは血圧コントロール治療をはじめとする慢性疾患の治療を中断しない努力です。今回の危機を受けて、国はオンライン診療を全面的に解禁しています。受診行動は感染リスクを高め、服薬中断は心血管リスクだけでなく重症化リスクを高めます。オンライン診療は合理的です。


ぜひ、経営者はオンライン診療という選択肢を与え、治療を中断しないように呼びかけてください。弊院はいつでもオンライン診療を受け付けております。

次回も実際の研究をご紹介しながら、ポピュレーションアプローチについて解説します。


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