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睡眠リテラシー第5回 睡眠覚醒スイッチ①睡眠圧

昨日、新年を迎えました。皆様のご健勝とご繁栄をお祈り申し上げます。 正月と睡眠とくれば初夢。初夢は、大晦日から元日の夜、元日から2日の夜、そして2日から3日の夜に見る夢と諸説ありますが、いつでもいいので年末年始に見た吉夢、覚醒しているときにこそ見られる将来のすてきな夢を初夢として、ワクワクする一年を送って、社会みんなの吉夢を叶えて、正夢にしましょう。 コラム「ボケたくないなら眠りなさい④ インプットの保存」で解説したとおり、REM睡眠は覚醒中より脳の電気的な活動が激しく、創造的な仕事に向いているので、アスリートやアーティストは、自分の覚醒夢の実現に睡眠夢を利用しています。実現したいことを夢で見ることができたら、きっと叶います。

コラム「睡眠リテラシー第2回 レム睡眠とノンレム睡眠、浅い睡眠と深い睡眠」で解説したとおり、最も深いノンレム睡眠(N3)とレム睡眠(REM)の各ステージはそれぞれ長ければ長いほど質のよい睡眠と言えます。睡眠中の適切な割合を説明している資料のほうが多いのですが、分母が小さいと意味合いが変化してしまうので、私はN3が90分、REMが120分が理想だと説明します。

実際は、これだけ確保するのはかなり困難なのですが、許容範囲を示すといつの間にか、「最低6時間眠ればOK」のような誤解釈として定着するのを見慣れているので、私は無理目の理想値を設定して、1分1秒でも近づけるよう指導します。


さて、第96回産業衛生学会の演題準備をしなければならないのに、新年早々コラムを更新するわけは、【成功者が「朝にホットコーヒーを飲まない」ことを勧める理由】という記事を読んだからです。 本記事は、石川和男氏の著書『僕たちに残されている時間は「朝」しかない。』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています

と注釈されていて、私はその著書を読んでいないので、それこそ誤解釈しているかもしれませんが、朝食の是非のくだりで、【医者からの注意や指示がない限り、】と書いているので、医学や科学の裏付けがあることには従おうという気があるようです。著者の石川和男さんは、自称【時間管理の専門家】で、きっと影響力のある自頭のよい方なので、しっかり科学的な時間管理の専門知識を身に着けてもらえるよう、医者からの注意をしたいと思います(笑)


さて、覚醒と睡眠をスイッチするしくみは、ざっと2種類、ひとつは日の出から日の出までと概ね一致する1日のリズム『体内時計』、そしてもうひとつは、眠くなるリズム『睡眠圧』です。

前者の概日リズムは、Circadian Rhythmの頭文字Cを取ってProcess C、後者の睡眠ドライブ、睡眠恒常性システムは、Sleep Driveの頭文字Sを取ってProcess Sとも呼ばれます。「Dじゃないんかい?!」と思いますよね、私も思います(笑)

前述のコラム「睡眠リテラシー第2回 レム睡眠とノンレム睡眠、浅い睡眠と深い睡眠」で解説したとおり、脳の状態を覚醒と睡眠に分けるよりは、覚醒とノンレム睡眠とREM睡眠に分けるほうが正確です。でも、正常な覚醒から睡眠へのスイッチでは覚醒からノンレム睡眠へのスイッチなので、ここでは覚醒と睡眠のスイッチとして解説します。ちなみにノンレム睡眠とレム睡眠のスイッチについては、現在、睡眠医学において、かなり熱いトピックです。

本コラムでは、コーヒーに関連する「Proces S」を解説していきますが、前者の「Process C」を決めているのは太陽ではなくて、最も大きく影響するのは、持って生まれた自分固有の概日リズムで、当然、個体差があります。脳だけでなく、腸管等の他の臓器や細胞レベルでも、この生まれつきのリズムを持っているのです。 そしてこれらの体内時計は、体温や光の影響を大きく受けます。生物が持つ概日リズム:Circadian Rhythmを制御する分子メカニズム、生物の体内で時を刻む「体内時計」に指示を出す遺伝子を特定した功績で、2017年にノーベル賞を受賞したのが、ジェフリー・ホール先生、マイケル・ロスバッシュ先生、マイケル・ヤング先生の3人です。

2018年の睡眠学会では、Michael Roshbash先生のご講演を拝聴する好機に恵まれました。

実は最近、睡眠議連の大きな目的のひとつとして医学部における睡眠医学の必修化が注目されてはじめて、睡眠医学教育が必修ではないことを知ったのですが、私は他にほとんど記憶のない医学部の授業の中で最も印象に残っているのが、第二生理学、本間夫妻の睡眠の授業でした。とくに軟式テニス部の学生たちは皆、睡眠のバイトをしていました。体内時計の自然の生態を調査するため、光のない、時間の分からない部屋で数日を過ごすだけで、3食昼寝付きで雑誌読み放題テレビ見放題、けっこう高額がもらえて単位の評価も甘くなる期待が持てるので、学生には人気のバイトでした。名だたる医学研究の被検者に医学生が多いのは、こういうわけですね(笑)ロシュバシュ先生の座長が本間研一先生だったので、私は贅沢な教育を受けたのだと気付きました。当時は「けんちゃん」「さと(呼び捨て)」と呼んでいましたが・・・


コラム「第⑥位 スリープヘルスと生産性 ①睡眠時間の大切さ」で解説したとおり、起床後、覚醒を12時間継続していると集中力は転がるように落ちて、覚醒を16時間継続すると、酒を一滴も飲まなくても、酩酊状態と同程度のへべれけ認知機能になります。そのため睡眠で回復した集中力が高いまま維持される起床後12時間以内に、高度な集中力を要する仕事は終えておいたほうが得策で、その仕事がルーティンなら、7時起床の場合は17時くらいまでに片付ける習慣にすることをオススメします。

※このコラムでは23時就寝、7時起床をイメージして進めます。

石川氏は【私は集中力というものは、起きたときが一番あり、徐々に切れていくものだと思っています】と書いています。あながち嘘ではないのですが、上の図の「実際の眠気」が示すように、覚醒時間12時間程度まではほとんどプラトーで維持されるものですから、【起きた直後の2時間と、昼間や夜の2時間では、時間の濃さが違う。集中力という「力」に差があるからです】という主張は、ピント外れです。それに誰でも実感できるとおり、起床直後の集中力が起床3時間後の集中力に勝っていることはありません。やっぱり起床直後は誰でも寝ぼけています。同じ3時間の差でも、7時と10時と、20時と23時の差では大違いです。一方、以前、同じ石川でもゴルフの石川遼くんが「スタートの4時間前には起床する」と話していたのはさすがです。どういうわけか「デキる人は朝方」神話がなくなりませんが、誰だって寝起きは寝ぼけていますよ。時差のある試合もあり、プレーオフで競技時間が延長することもある中、「4時間前」という選択はベストだと感じます。


石川氏による【集中力という貯蔵タンクがなくなるまでの競争】というのは言い過ぎで、何よりおかしい主張は、【朝活を定着させるテクニックの1つは、「ホットコーヒーは飲まない」です。】と【朝の用意は、スピード第一です。温かいコーヒーでは戦えません。冷たいコーヒーで判断能力を研ぎ澄まし、目標達成の活動を行うのです。】というくだりですね。睡眠と体温の関係は深く、コーヒーと睡眠の関係も深いですが、コーヒーの温度は関係ありません。


前述の通り体温は、Process Cのコントロールには非常に重要ですが、この体温は脳の体温、すなわち深部温です。私たちは鼻や口腔内、喉や気道、食道等消化管の粘膜で、吸気や飲食物の温度や湿度を調節して次の臓器に送るので、飲み物の温度で集中力が急に上がったり、下がったりすることはありません。 まあ、生物として、極端に高温や低温のものが体に接触すれば交感神経優位の状態になりますので、瞬間的に集中力が上がるとは言えるでしょうけれど・・・ また、恒温動物ですから、簡単に深部温は変化しません。


それではコーヒーはどのようなからくりで私たちの眠気を軽減し、集中力を増やしてくれるのでしょうか。 さきほど説明したとおり、眠気を軽減し、集中力を増やすためには、交感神経優位のストレス状態になることが最も有効です。

反対に眠気を促し、認知機能を低下させるのが、睡眠圧です。


このように生物には、なんらかの生命活動を賦活亢進させるしくみと抑制低減させるしくみが対で備わっていることが多く、多くの化学的治療はこのしくみを利用しています。

つまり、血圧を下げようと思う場合は、血圧を上げる経路を抑制するか、血圧を下げる経路を亢進します。

覚醒を司る部分を亢進させる方法はストレスですから、つねるとか緊張するとか興奮するとか、覚醒剤を使用する(違法です)とかで、集中力が増して、眠気が遠のきます。

反対に睡眠圧を抑制して眠気を抑えるのがカフェインです。

カフェインはどのように睡眠圧を抑制するのでしょうか。


睡眠圧は充分な睡眠後には全く~ほとんどありませんが、起床から1日の生命活動を通して、覚醒時間が長くなるほど蓄積されます。一定の量の睡眠圧が蓄積すると、まるで「ししおどし」のように、かくんと覚醒と睡眠のシーソーが入れ替わる、まさにスイッチするのです。この睡眠圧の正体が睡眠物質です。睡眠物質は睡眠欲求の高まりと共に脳内や体液中に出現し, 神経活動を調節することにより, 睡眠の誘発や維持に関与する物質の総称です。 これまでに様々な睡眠物質が見つかっていますが、そのひとつが「アデノシン」です。


「アデノシン」って初耳の方は少なくて、おそらく生物の授業の「アデノシン3リン酸(ATP)」できいたことがあるでしょう。生きるために私たちはエネルギーを消費しますが、細胞単位で消費するエネルギーの最終形である高いエネルギー状態の物質がATPです。体内のATP量は、20歳をピークに40歳で半分、60歳で三分の一と落ちていき、そのため体力も落ちていくわけですが、コラム「ボケたくないなら眠りなさい ①睡眠時間と年齢」で解説したとおり、年齢に応じて睡眠の必要量と質が変化するのにも、関係があるのかもしれないというのは私見です(注:科学的根拠はありません)。


ATPはアデノシン3リン酸ですから、エネルギーを放出すると最初にアデノシン2リン酸(ADP)になり、次にアデノシン1リン酸(AMP)になり、最後に一番エネルギー状態の低いアデノシンになります。頑張って活動するとアデノシンが増えていくのは、簡単な理屈ですね。

活動すればするほどアデノシンが増えるので、アデノシンが増えるほど疲れて、休養が望まれます。アデノシンは、全身の臓器をリラックスさせて、活動を低減させるために、心臓、骨格筋、脳、肝臓などの種々の臓器の血管拡張を司り、覚醒を促すヒスタミンやグルタミンなどの神経伝達物質の分泌を抑制します。

体のしくみってシンプルでよくできていますね。


コーヒーに含まれるカフェインは、このアデノシンのレセプターにくっつくことができます。

レセプターとは、生命活動を制御する天然の物質が細胞になんらかのアクションを伝えるための特別な鍵穴のようなもので、細胞はほしい物質がほしいときにくっつけるようにレセプターを出します。しかし、本来そのレセプターが求めている特定の天然物質の構造に似たような物質が、レセプターにくっついてしまうことがあります。

予想外の物質がレセプターにくっついたあとの反応には、二通りのパターンがあります。

その物質と同じような反応を起こす場合と、全く異なる反応を起こす場合です。

前者はニセモノの鍵で扉が開いてしまう場合で、後者は鍵穴には収まったけど、鍵を回すことのできない状態で扉は開きません。オートロックの集合玄関と住宅の鍵が同じ場合、隣室の鍵穴にも鍵は収まりますが、回すことができませんね。

さきほど、生物学的にはなんらかの生命活動を賦活亢進させるしくみと抑制低減させるしくみが対で備わっていることが多く、多くの化学的治療はこのしくみを利用していると説明しましたが、具体的には標的となる物質に化学的に構造の似ている物質を開発することによって、扉を開けたり、鍵穴を占拠したりするのです。

カフェインはアデノシンの鍵穴にすっぽり収まりますが、扉を開けることはできません。もし、扉を開けることができれば、その先にはアデノシンの促す血管拡張や睡眠が待っています。

しかし、カフェインに鍵穴を占拠されていると、正真正銘本物の鍵であるアデノシンは、自分の目指す扉を開けることができません。

そのためカフェインを摂取すると、眠気のもとであるアデノシンの濃度がどんどん高くなっても眠気をあまり感じないでいられるのです。レセプターにくっついたカフェインは時間とともに代謝されると構造が変わるので、鍵穴が空きます。

カフェインはアデノシンの作用を邪魔するので、脳の血管が拡張して起こる片頭痛の薬としても用いられます。血管が締まるので体温が上がり代謝が増えます。


カフェインは量と時間を守って摂取しましょう。私はもっと摂ってしまっていますが、1日量が体重1kgあたり5mg未満であれば安心です。

成人では、カフェインは経口摂取後、速やかに大部分が吸収されます。最高血中濃度到達時間(tmax)には個人差があって、30~120分です。代謝の時間は摂取量が多いほど長くなりますが、余裕を持って15時には摂取をやめておきたいですね。

また、カフェインを含むのはコーヒーだけではありません。コーラ、日本茶、紅茶、エナジードリンクや眠気防止ガムなどにも含まれていますので、注意してください。


自然界の太陽光や持って生まれた体内時計と睡眠圧というスイッチだけではなく、私たちは親の言いつけや、上司の指示、法令、時刻表、公私の大事な約束、プレッシャーや不安など、心理社会的な要因に大きく影響を受けています。

体内時計や睡眠圧は、私たちが質のよい睡眠生活を送りやすくするために備わっていますが、やはり生物の本能として、緊急時には覚醒欲求が自然の就眠に勝ります。そのおかげで真夜中の自然災害などから避難できたり、ワールドカップをリアルタイムで応援できたり、海外旅行を楽しめたりできるので、失うわけにはいかない本能なのですが、このやっかいな本能が不眠症の原因であるとも言えるのです。




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