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睡眠とワークエンゲージメントの関係


本日は、このすばらしく粋なタイトルの研究をご紹介します。 いかにも私が好きそうだと、友人の研究者がシェアしてくれました。 そのおかげで、私のワークエンゲージメントは、もりもり高まりました。



私が恵まれていると思うのは、キャリアのスタートから10年間、急性期臨床に専念したあと、経営者(集団の管理者)と医師(公衆衛生家)の立場で公衆衛生の世界に参加している点です。


麻酔科医の仕事は生命の恒常性を保つことです。外科手術というかなり不自然なストレスが加わっても生命の恒常性を保つために存在していますが、その役割を果たすためには、第一に生命の恒常性を知る必要があります。 医学部ではまず、生命の恒常性の基礎となる、生化学、生理学、解剖学などを学び、その後で各診療科の疾患や治療を学ぶのですが、医師として専門診療科、サブスペシャルティを極めていく過程で、どんどん基礎医学からは遠ざかるものです。その中で、標準的な生命の恒常性をターゲットにする診療科を選択したことで、人体のスタンダードな生命活動について知り続ける機会に恵まれました。

現在も継続しているその経験が、その後の公衆衛生やビジネスの活動に生きています。

ユヌス博士が、「僕はバンカーじゃないからグラミン銀行が創れた。同じように、医師だからできるヨウコのビジネスがある」と勇気づけてくれたように、標準生理と疫学がわかる私にだからこそできるヘルスケアビジネス、健康経営ビジネスがある、と信じています。

その点で、先日、フェイスブックでシェアしたDUMSCOとワーク・ライフバランスが行なった「隠れテレワ負債」に関する調査とその解説は、ショックでした。 ストレス解説動画でも説明しているとおり、ストレスによる交感神経優位の状態は、人間にとって本質的な生命活動です。アドレナリンは交感神経の緊張により副腎髄質から分泌され、全身にストレス反応を引き起こすので「ストレスホルモン」と呼ばれますが、この世に「抗ストレスホルモン」なるものはありません。

これもよく説明するのですが「医師の発言」と「科学的エビデンス」は全く異なります。医師にも、副業としてタレント業や企業の広告支援を行う自由があります。「医師監修」だからといって「科学的に正しい」わけでは決してありませんので、ご注意ください。

本日はテレビで医師が、コンビニの唐揚げを食べ続けると、そのうち悪玉コレステロールが上がると話していましたが、スタチンを内服すると悪玉コレステロールが下がるという科学的事実に比べて、からあげとコレステロールの関係にはなんの妥当性もありません。医者のうち、科学的エビデンスを世に出す人はごくごく一部ですし、日々の臨床や生活の中で科学的エビデンスをアップデートしているのも、残念ながらわずか、しかも膨大なアップデートなので、自分のサブスペシャルティの範囲を把握するので精一杯です。 タレント活動と最新科学のアップデートを両立することは、かなり厳しいでしょう。



あらためて研究に戻ります。


タイトルのとおり、本研究の目的は、毎日のワークエンゲージメントにとって、睡眠や小休憩が果たす役割を確かめることです。


研究の結果、前日の睡眠時間が長いほうが、当日のワークエンゲージメントが高まることが科学的に証明されました。そして、小休憩単独では科学的に明らかな効果はないものの、前日の睡眠充足と小休憩を組み合わせると、相加効果を発揮することがわかりました。この結果は、小休憩は睡眠を代替して睡眠不足を補う効果はないけれど、睡眠充足の状態では、その回復効果を発揮することができる、という意味です。


この結果を、「小休憩をとっても意味がない」とミスリードしないように注意してください。研究とはあくまで、「Xが増えるとYが増える」という仮説を立てて、確かにXが増えるとYが増えているというデータ上の現実を統計的に評価して、「Xが増えるとYが増えるのは偶然じゃない」ことを証明して、「XとYには関係がある」ことを示すものです。「Xが増えるとYが増えるのは偶然じゃない」からといって、「Yが増えた原因が、Xが増えたことである」とはいえません。XがYの原因でも、YがXの原因でも、XとYになんの因果関係がなくても、関係は関係です。また、「XとYには関係があると証明されなかった」からといって、「XとYには関係がないと証明された」ということでは一切ありません。わざわざお金と時間をかけて面倒な検証をする仮説はたいてい、見た感じ関係がありそうで、その関係を科学的に証明できれば社会の役に立つものです。証明されなくてもあきらかに好ましい、または明らかに避けるべき関係であることが多いのです。


たとえば、本研究においては、睡眠時間は長い方がいいし、小休憩はとった方がいいし、ワークエンゲージメントは高い方がいいという当たり前の背景があって、深掘りしているのです。統計的な評価を経て科学的には、小休憩はワークエンゲージメントを高めることは証明されませんでしたが、明らかにそのような傾向がありました。科学的に偶然だとは言い切れない傾向でも、偶然じゃない場合はたくさんあります。本研究では午後の休憩が午前の休憩より、その効果が高いと示唆されましたが、別の研究では反対の結果が出たそうです。反対に、休憩を取らないほうがいいという研究結果は古今東西見つかりません。前述の調査などは、このような科学的な検証を飛ばして、アンケート結果の集計だけをあたかも科学的エビデンスのように示しているので、注意が必要です。


さて、研究の面白さは必ずしも結果に一喜一憂することではありません。


以前、私の研究を紹介したときに記載したように、研究の導入部(イントロダクション)では、解決したい課題などの背景、その辺縁ですでに科学的に明らかになっている事実、そして今回新たに明らかにしたい仮説とその目的を示します。 この研究もタイトルから非常に魅力的ですが、多くの優れた研究はタイトルと第一文が美しく、導入から読んで面白く、ためになります。話題ごとに必ず引用文献が示されていますので、根拠のない情報はありません。何十本のも論文を読まなくても関連の深い多くの知見に触れられ、より詳しく知りたければ引用文献を参照できます。


本研究のイントロダクションでは、まず、ワークエンゲージメントの高い状態が、個人にとっても組織にとっても好ましいという科学的事実を示す数々の研究が紹介されます。ワークエンゲージメントは「活力」「熱意」「没頭」の揃った、脳がかなり動的な状態ですので、結果として、心身の疲労につながります。本研究では疲労の回復手段である睡眠や小休憩が、ワークエンゲージメントの発揮に与える影響を検証しています。 充分な睡眠は個人の健康にとって好ましいことが科学的に明らかになっていますが、この研究によって、個人レベルの健康増進効果にとどまらない、睡眠の組織レベルの生産性向上効果の検証が期待できるというわけで、イントロダクションでも関連研究を挙げて、その意義を強調しています。


また、小休憩については、私は肯定否定どちらの科学的エビデンスも充分には知りませんが、本研究でも、「ほとんど研究されてないけど、みんながフツーにやっていること」(“largely understudied but common phenomenon”)と表現されています。当たり前のことを科学的に証明する行為は、特に公衆衛生、産業保健、健康経営の文脈において求められる、重要な仕事だと思います。


法令上、休憩時間とは、労働者が休息のために労働から完全に解放されることを保障されている時間のことで、使用者の指揮命令下から完全に自由な時間です。次の仕事にかかるために、たまたま何かを待っているタイミングで、使用者の指揮命令下に置かれている状況は休憩とは呼べません。休憩は、連続労働による疲労が能率を低下させ、労働災害リスクを高めるのを防ぐという趣旨で法令に定められたそうです。

9時始業、12時から1時間昼食休憩、18時終業というような組織的に管理された法令上の休憩は健康やワークエンゲージメントなどを増進する目的ではなく、基本的人権を尊重するコンプライアンスとしての意味合いが大きいです。


ある公衆衛生学の教授に、「長時間労働の健康への影響の科学的な検証は不十分である」と発言したら、「じゃあ、どうして法令で禁じられているのか?!」とややキレられてびっくりしたことがありますが、賢明な皆様はご承知のとおり、法令の背景に必ずしも科学的エビデンスがあるわけではありません。「過重労働は人権問題として捉えるべき」と主張したところ、更にむくれられてしまいましたが、私は労働関連法令や労働関連政策を人権問題と考えることで、整理できた事象が多いです。長時間労働によりうつ病になるので長時間労働を是正しなくてはいけないのではなく、労使間の契約上、業務中は上司の命令に逆らえない従業員の人権を守るために制限があります。冒頭の調査のように、ストレスのある人は休職リスクがあるから1日の会議件数を制限するべきというミスリードをされないように、多少なりとも科学側にいる産業保健スタッフなどが、会社を支援しましょう。


定められた休憩を取るのは義務ですが、本研究における「自発的な」小休憩は、たとえば定時の就業時間における定時のお昼休みというような自分以外の別の誰かに管理される法令上の休憩とは異なります。

本研究では、タバコやお茶を一服したり、私的な電話をかけたりして、自発的に数分間、仕事を中断することを小休憩と定義しています。小さくても使用者からの指揮命令下から完全な自由であることが重要です。言う慣れば本研究では、自発的な休憩を挟むことを仕事の裁量性のひとつと捉えています。 ちょっと集中力が途切れたときに自発的に気分転換できるかどうかは、たしかに非常に重要で、ハイパフォーマーを見ていると、短くてもそのような小さな中断を挟んでいますよね。感覚的には頷けるような事象を科学的に証明するのは、くりかえしになりますが、非常に大事です。私たちは休憩の学術的な効果を探ると同時に、従業員に、「自発的に」「真の休息」を取らせる準備をしておかなければなりません。


本研究の考察で触れられているように、「a recovery-friendly climate = 自発的な休憩の取りやすい心理社会的環境」こそが重要なのです。


私は産業保健と睡眠医学を得意としていますが、睡眠の回復効果に着目すると、睡眠衛生の増進は、業務時間外ではあるものの、業務を遂行する上で欠かせないFatigue Managementとして、事業者に強く求められます。最近は、睡眠の質を妨げずに睡眠を測定できるスリープテックデバイスがたくさんありますので、ぜひ、興味のある事業者は心陽のスリーププログラムを採用してください。 仕事上のストレスは、ストレッサーにさらされている間中、増え続けるわけですから、ストレスによる心理的負担や疲労の蓄積を避けるためには、ストレッサーにさらされない状態が必要です。 経営者はストレッサーそのものを無くす解決策を好みますが、仕事に必要不可欠のストレッサーがほとんどです。もし、仕事に不必要なストレッサー、くだらないハラスメントとか誰のためにもならない形骸化したルール、時間ばかり拘束して目的のない会議などがあるのなら、さっさと断舎離してください。

仕事のストレッサーの主たるものとして、責任の重大さや時限性が上げられますが、それらはワークエンゲージメントを高める因子でもあります。 ヤーキーズ・ドットソンの法則により、生産性の高い組織には産業ストレスが必要です。 ストレスには悪影響しか及ぼさないディストレスと、生産性の強い味方になるユーストレスがあります。 職場のストレス対策、ストレスチェック後の環境改善策としては、生産性維持向上のために必要なストレスのすべてをユーストレスにして、ディストレスをできるだけ排除していくことが重要になるでしょう。


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