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法令と社会規範のあいだにある、ローカルルールの大切さ

先日、法令や規則遵守の徹底をめざす、クライアント企業の安全大会で、話した内容のメモです。


法令を守って、生産性高く働くために、企業内の規定をどう使うのか、というテーマです。 社会規範の範囲は広く多様で、社会規範のうち、法令に定められる部分はごくごくわずかです。

とはいえ、人権を尊重しながら、多様な場面で具体的な行動を規定するための法令の文言は非常に複雑で、業務に関連するすべての法令を覚えるなんて、とうてい無理です。 ✓ 時間外労働が年720時間以内

✓ 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満

✓ 時間外労働と休日労働の合計について、2~6ヵ月それぞれの平均がすべて1ヵ月あたり80時間以内

✓ 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヵ月まで


以上は時間外労働の規定ですが、年の制限、月の制限、平均の制限、回数の制限と、頭がこんがらがります。

たとえば、社内の規定で、時間外労働を毎月45時間以内におさめると成文化しておけば、少なくとも社内規定を守っている労働者が上流の法令を破るリスクはありません。

たとえ社内規定を破ってしまっても、そこから個別対応していけば、充分に上流の法令を守ることができます。

このように、より簡単で厳しい社内規定によって、コンプライアンスと生産性を同時に上げていきましょう、というお話をしました。


普段の健康経営も、産業保健も、同じです。機能する社内規定を設定するために、専門家をうまく活用しましょう。

まずは、自分ごとにしてもらうため、産業医である私と、実際の社長の実名を用いて、関係を説明しました。


労働安全衛生法によって、50人以上の事業場の事業者は、産業医を選任しなければならないことが決まっています。

労働安全衛生法は、このように、ほとんどの項目を、「事業者の義務」として定めています。

産業医を選任していなかったら、事業者、つまり、○○社長が、法令違反をおかしているということになります。

労働安全衛生法では、産業医として選任できる要件を定めています。 ひとつは日本の医師免許を持っていること、もうひとつは産業医としての専門性を保証する資格や認定等の要件です。 私の場合は、医師免許と労働衛生コンサルタントの資格を持っていますので、要件を満たしています。

北海道・知床沖で沈没したカズワンの運航会社、「知床遊覧船」の桂田社長が、海上運送法施行規則の要件を満たしていないのに、運航管理者として、自身を選任していた、という報道は皆さん、きいたと思います。

運航管理者の届け出は各地方の運輸支局に出すんですが、取材で、要件を満たしていないと知っていたかどうか尋ねられた運輸支局は、「確認していない」と答えていました。

産業医の選任届は各地方の労働基準監督署、労基署に出します。

労基署も産業医の選任届が出されたとき、その産業医が本当に要件を満たしているかどうか、チェックしないんですね。

それどころか、「偽医者が選任されている」というタレコミをしたとしても、当の会社に照会することはなくて、タレコミした人に、身分を明かして、証拠を出すよう命じます。

およそ、お役所の仕事はそういうもので、皆さんも、特に公立の物件だと、いろいろ面倒な書類を準備させられると思いますが、はっきりいって、内容はチェックされてません。

とはいえ、カズワンのように、ひどい事故を起こしたら、嘘の届けを出していることがバレます。運航管理者の要件だけではなく、いろいろずさんな安全管理であったことが指摘されていますよね。周りの同業者や漁師さんたちも、危ないと思っていたと口を揃えて取材に答えていましたが、何年もの間、ここまで大規模な事故はなかったようです。嘘の申請そのものは、事故の原因ではありませんが、ずさんな管理と事故を誰でも結びつけますよね。

普段、企業が出している書類も、チェックはされませんが、万が一事故が起きたときには、チェックされて、そこで嘘がバレたらえらいことになる、のは想像つくと思います。国や元請は、その責任として、こういうことをやれと言った、こういう書類をだせと言った、と主張します。それでも彼らの責任はゼロにはなりません。 こういう制度は、安全管理の重要性を浸透させるためにあり、チェックされたときに怒られないために申請するのではありません。 要件を満たした運航管理者や産業医を選任し、定められた業務、役割を遂行させる意味が必ずあります。 法令を守って、規定通りの書類を出すプロセスそのものが安全につながるので、業務の一環として適切な書類を作成することが大切です。 いったん、成文化されたルールの妥当性を疑うのは無駄です。例外的にルールを適用しないという判断もNGです。決めたルールは問答無用で適用されるからこそ、決める側の責任は重大です。


私が本当に産業医としての要件を満たしているのか、見た目ではわかりません。企業から依頼されれば、医師免許と労働衛生コンサルタントの免許を見せますが、たとえそれをみても、そもそも、正解、本物をみたことないので、偽造されていても、気づけませんよね。

カズワンでは、社長に選任の義務があって、社長を選任していたので、悪いのは社長だとわかりやすいんですが、もし、私が偽の免許を出して企業を騙していた場合には、誰が悪いでしょうか?  もちろん、私は悪くて、医師法違反と有印公文書偽造・同行使、詐欺などの重い罪に問われるんですが、先程言ったように、労働安全衛生法は事業者に向けた法律なので、要件を満たしていない人間を産業医に選任したという部分だけ見れば、これも○○社長の法律違反になっちゃうんです。ひどいですよね、被害者なのに。


労働安全衛生法施行規則には、月に1回以上開催される衛生委員会の委員になるとか、職場巡視を行うとか、健康診断の結果によって就業判定を行うとか、産業医の役割が書かれています。 この、産業医の業務を、産業医がやらなければいけない、というわけではなくて、事業者が、産業医にやらせなければいけない、と定められています。

でも、事業者に定められている法律なんて山ほどあるのに、いちいち産業医の役割なんてチェックしていられないし、資格持ってお金もらってやってるんだから、産業医に自分でどんどん、役割を果たしてほしいって誰でも思いますよね。どの会社でも、産業医を選任したら、産業医が自発的に働いてくれるって期待しますし、そうじゃないなんて思ってもみないと思います。



○○社長が私を産業医に選任して、私は会社から報酬をもらっているのに、私が全然産業医の務めを果たさなかったとしたら、どう考えても私のほうが悪そうですが、これも、私ではなく、被害者の○○社長が法令違反をしていることになります。

ちゃんと選任して、お金も払っているのに、割に合いませんよね。なんとかして産業医をこらしめたいですよね。法令や規則は、悪い人をこらしめるためにあるはずです。

労基署の職員は警察と同じように逮捕権がありますが、労働関係法令違反ではないので、働かない極悪産業医を逮捕はできません。とはいえ、結果として法令違反を犯してしまっていることになる社長が逮捕されることもないので、安心してください。


では、この産業医は労働安全衛生法ではなく、何を破っているでしょうか?

誰がやっつけてくれるのでしょうか?

まず、非常識だし、モラルがないですよね。人の道に外れています。

人の道に外れるって、どういう罪でしょうか。

社会に生きる人なら誰でも、常識を守っていますよね。こういう、社会の中で当然守るべき常識を、社会規範といいます。

社会規範というのは、法令とは違って、成文化、つまりちゃんと字で書いてあるわけではないので、人によって多様であるという一面もあります。

たとえば、そばは音を立ててすするのが江戸の粋と言う人もいれば、音を立てて食事するなんて品がないという人もいます。これは価値観の違いで、正解はないですよね。

社会規範というのは、だからこそ非常に範囲が広くて、特に環境によって左右されるものです。

外国の人なら、そばなんて食べないから、蕎麦を気持ちよくすすってるのとスパゲティーをすすってるのと区別がつかなくて下品にみえるかもしれませんよね。反対に、私達から見ると、そばをフォークで音もなく食べるなんて、はっきりいって、まずそうですよね。

ウノとか大貧民でもローカルルールがありますけど、別にどれが正解ってわけじゃありません。

でも、ちゃんとした国際大会になると標準ルールが成文化されますよね。ここが大事なポイントです。


私達が、日常生活で、他人の言動に対して、社会規範から外れてるなって思うことはたくさんありますよね。

たとえば偉い人の失言です。私達には日本国憲法で表現の自由が定められているので、モラルの低いことを言ったからといって、逮捕されることはないわけです。

とはいえ、SNSでめっちゃ叩かれて、記者会見で謝罪して、その部分だけ切り抜けば、法令違反をしているカズワンの桂田社長と同じレベルで社会的な制裁を受けることになります。

吉牛の元常務なんてクビになっちゃいましたけど、ただ冗談言っただけのつもりでクビになるなんて、えらいことですよね。

働かない産業医も、それをSNSで皆さんが拡散するだけで、社会的な制裁を受ける可能性はあります。


UNOの国際大会では、ローカルルールがいろいろあるので、大会標準ルールを制定します。選手として大会にエントリーする際には、その大会標準ルールを確認して、そのルールを守らなければ失格となることに同意が必要です。ルールが適用されるのは、その大会内だけなので、大会に出たければルールを守ればいいし、いつものルール以外でやりたくなければ、大会には出なければいいだけの話です。

働かない産業医をこらしめるためには、選任時に契約が必要です。これは、産業医と会社が個別に結ぶ契約ですから、産業医と会社以外の人は、この契約を守る必要はありません。UNOの大会とおなじように、その企業の産業医をやりたければ、契約通りの業務を行うしかないし、やりたくなければ契約しなければいいんです。

月にいくら渡すので、これとこれを必ずやってくださいよと、契約書に、しっかりと産業医の役割を記載していれば、産業医を契約違反で法的にやっつけることができます。このとき、法令に書いてあることを細かく知らなくても、法定業務と書いておけば、労働安全衛生法令等で事業者が医師にやらせるよう義務付けられているいろんなことをやらなければいけない、本物の産業医なら、そのへんのことちゃんとわかってて、率先してやりますという契約になります。

この契約書があるのに、業務を果たさず、報酬だけもらっていたら、契約違反だけでなく、会社からお金を奪い取ったという罪も加わります。

この契約違反が明らかになれば、多くの学会からは退会させられ、医師免許は剥奪まではいかなくても現在のクライアントからは契約終了され、私は路頭に迷います。くれぐれも、今回はあくまで例なので、SNSに拡散しないでください。


国際大会のルールや業務委託契約のように、法令には定まっていなくても、多様な社会規範を特定の範囲内の共通概念にするために、ローカルルールがあります。

大会ルールや業務委託契約の他、遠足のおやつは300円までとか、毎月のお小遣いが500円とかもローカルルールですし、校則や就業規則、労働契約もローカルルールです。

ローカルルールはそのローカルルールが適用する範囲内では、上流の法令と同じように絶対に守らなければいけない、守らなければ違反になるものです。違反した場合の制裁としては、一番重いものが、そのローカルルールの適用されるグループのメンバーから外されるということです。大会だったら失格だし、学校だったら退学だし、会社だったら解雇です。

上流の法令を守らなくていい人はこの世にいないので、上流の法令を守れなくなるようなローカルルールは成立しません。

ローカルルールは、絶対破ってはいけない上流の法令を、なにか特別なことがあった場合にも守れるように、上流の法令より厳しくするのが一般的です。

そのため、憲法のように人権尊重の文言よりも、具体的な禁止、制限の文言が中心、行動に反映しやすい表現にします。

安全管理基準に、現場に入るすべての労働者は、法令だけでなく、「○○株式会社が定める作業計画、作業手順等及び本基準を遵守しなければならない。」と明記、成文化してあり、その上で業務に臨んでもらっているので、それが守れなければ、現場においては、上流の法令が守れない場合と同じように、制裁を受けてもらいます。

ローカルルールになった途端、社会規範はメンバー内での強制力を持ちます。ほかの現場ではOKだったことでも、上流の法令には定まっていないことでも、決めた作業計画、作業手順が絶対で、従わない場合は、制裁です。


ルールは多ければ多いほど、細ければ細かいほど、安全かというとそうではなくて、スイスチーズモデルのように必ず抜けは出ますし、複雑になればなるほど、守れないリスクが増えます。同時にビジネスとして、決められた工期の元、与えられた条件の中で、クライアントの期待に答えなければなりません。とはいえ、安全と生産性はトレード・オフの関係ではありません。適切なローカルルールは、安全だけでなく、生産性も上げられます。


以前、計画外に重量物を動かして、現場を傷つけてしまったという事故がありました。再発防止策として、なんでもかんでも念のために養生するという意見が出ましたが、ただでさえ忙しくてやることがいっぱいあるのに、時間外労働も制限されているのに、やらなくてもいい作業をやるなんて、絶対にごめんですよね。そのルールは安全も生産性も上げません。

再発防止のためには、作業計画を守ること、それに尽きます。守る意識が無災害です。


作業計画の辻褄が合わない場合、すなわち、作業計画に従うためには、どうしても作業計画にはない作業を行わなければならない場合には、作業計画を決定する作業所長が作業計画を見直します。

声をかけようと思っても忙しそうにしている、作業計画にはない作業が、作業計画の履行にどうしても必要だし、作業所長の手が空くのを待ってたら時間の無駄だし、声をかけたらうるさそうにされたこともあるし、気を利かして作業計画にない養生もしておけば間違いないだろう、という考えは、正しいように思えるかもしれませんが、完全にルール違反です。一度決めた作業計画、作業手順より正しい方法はありません。 そこで作業が中断するのは、安全のための中断です。安全のためには、中断する勇気が必要です。

気働きはすばらしい人徳ですが、作業計画が絶対です。作業所長も人間ですから、常に完璧に最高の計画を立てるわけではありません。でも、計画って完璧かどうかではなくて、守られるかどうかが大事なんです。

法令やルール、計画を守るときには、理由はいりません。内心、その計画をバカにしてようと、気に入らなかろうと、私のほうがもっといい計画を作れると思っていようと、自由です。ルールにとって、人の心の中なんてどうだっていいんです。反対に、ルールを守らない、計画と別のことをするためには、相当の妥当性が必要です。

作業計画よりいいアイデアが現場で浮かぶこともあるでしょう。でも、作業計画が絶対です。だからこそ、作業計画の作成は責任が重いです。作業計画の作成には根拠が必要です。建築現場は常に命がけです。「こっちのほうがなんとなくいいと思ったから」とか、「多分できると思ったから」とかで、作業計画は立てられません。何があっても、どんなときにも、安全で、法令を守った工程を設定しなければなりません。 従業員は、その責任を重く受け止め、全力で安全で効率のよい作業計画を立ててください。そしてその他の皆さんは、けっして現場の一存で、作業計画と異なる動作をしないことを約束してください。

作業計画と異なる動作をする動機が、「もっといい方法があるから」だったとしても、そのアイデアは次回以降の作業に活かすべく、適切な方法で作業計画立案者に、共有してください。

法令やルール、作業計画の立案、そして違反には妥当性が必要です。

法令を守っていれば、事故が起きないわけではありません。法令は責任の所在を明確にするためにあるのです。法令やルール、作業計画、作業手順を守った上で、事故を防ぐ気働きをしてください。ルールの範囲内でなら、いくらでも気働きをして、働きやすい、元気な現場をつくっていきましょう。




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