メラトニンの血管保護作用
- Yoko Ishida
- 6 日前
- 読了時間: 8分
Light Exposure at Night and Cardiovascular Disease Incidence
夜間の光暴露がCVD(心血管イベント)の発症に影響するという研究。

目的/背景
この研究は、夜間の照明(=人工光の夜間曝露)が、心血管疾患(CVD:冠動脈疾患、心筋梗塞、心不全、心房細動、脳卒中)発症にどれだけ関連しているかを明らかにしようとしています。その背景には、夜間光曝露が体内時計(サーカディアンリズム)を乱し、これが心血管系に負荷を与えうるという仮説があります。
方法
対象:英国の UK Biobank 登録者 88,905 人(平均年齢約62.4歳/56.9%女性)
暴露測定:手首装着式の光センサーで「夜間光」・「昼間光」の曝露を1週間記録し、約1,300万時間分のデータを取得。
追跡期間:2013年6月〜2022年11月(約9.5年)で、医療記録を基に心血管イベントの発生を追跡。
分析:夜間光曝露を0-50 パーセンタイル(暗め)→51-70→71-90→91-100 パーセンタイル(明るめ)に階層化。既知の心血管リスク要因(運動・喫煙・飲酒・食事・睡眠時間・社会経済的地位・遺伝的リスク)を調整。
主な結果
暗め(0-50 %)と比べて「最も明るい夜間光曝露群(91-100 %)」では次のような調整ハザード比(aHR)が認められました。 ※暗め群と比べて、光暴露群が〈aHR〉倍、CVDを起こしやすく、95%信頼区間の下側が1以上なので、それが「有意である(偶然じゃない)」ことを意味します。
冠動脈疾患:aHR 1.32(95% CI 1.18-1.46)
心筋梗塞:aHR 1.47(95% CI 1.26-1.71)
心不全:aHR 1.56(95% CI 1.34-1.81)
心房細動:aHR 1.32(95% CI 1.18-1.46)
脳卒中:aHR 1.28(95% CI 1.06-1.55)
さらに、女性では心不全・冠動脈疾患リスクの上昇がやや強く、若年層では心不全・心房細動でより強い関連が見られました。

考察/メカニズム
夜間光がサーカディアンリズムを乱し、血圧・心拍変動・血管内皮機能・炎症反応などに悪影響を及ぼす可能性があります。
具体的には、夜の照明・スクリーン光等がメラトニン分泌を抑制し、交感神経優位・血管炎症・動脈硬化促進の流れに繋がると考えられています。
本研究では、既知リスク要因を調整してなお関連が残ったことから、夜間光暴露という環境因子が、CVD発生の独立したリスクファクターであるという可能性が示唆されました。
限界
曝露データは「1週間の光センサー測定」に基づいており、長期にわたる日常的な夜間光曝露を完全に捉えているわけではありません。
因果関係の確定ではなく、観察研究としては「関連」を示すものです。
測定対象者は英国在住の中高年(40歳以上)であるため、他国・若年層・異なる民族背景への一般化には慎重さが必要です。
夜間光以外にも、居住環境・夜勤・騒音・空気汚染など複数の環境ストレスが影響しうるため、完全な分離は難しい点があります。
実務・応用への含意
睡眠環境設計・健康経営・職場衛生の観点から「夜間の照明・スクリーン光対策」が新たな予防手段として位置づけられ得ます。
具体的な対策例として、寝室を暗く保つ、寝る直前のスマホ・タブレット・TV使用を控える、遮光カーテンの使用、寝室照明の色温度や明るさを見直す等が考えられます。
健康経営の枠組みでは、夜勤・交替勤務者など光環境・照明設計を含めた包括的睡眠支援策として検討できます。
また、都市・建築インフラ(道路灯・屋外照明)レベルでも「夜間光の軽減=公衆衛生的措置」として論じるインパクトがあります。
メラトニンの価値を再認識
この研究をきっかけに私は、ますます睡眠の奥深さを知りました。
そもそも私は、〈睡眠を司るのは自律神経〉派です。
対抗馬は、〈睡眠を司るのは脳(中枢神経)〉派で、こちらが主流です。
それなのに、メラトニンに対するこれまでの考察が雑すぎた、と反省しています。
光曝露とCVDの関係を媒介しているのはメラトニンに決まっています。光曝露が心血管系に影響を与えるには、メラトニンのメカニズムは二通り考えられます。
ひとつはメラトニンのクロノロジカルな生理作用、もう一つは抗炎症・抗酸化作用です。

メラトニンの睡眠関連効果
私たちが「睡眠の質」とする尺度は、前半のN3の合計時間、REMの合計時間、サイクルの回数などですが、メラトニンにはそれらを改善する効果はありません。 メラトニンの睡眠関連効果は以下です。
入眠潜時(寝付きの時間)の短縮
総睡眠時間(TST)の増加
PSQIなどの自覚的不眠質問紙による主観的な睡眠の質の改善
当たり前ですが、睡眠のメカニズムが解明されていないので、睡眠をダイレクトに促進する物質は解明されていません。メラトニンの睡眠改善は、MT1受容体を介する「視交叉上核(SCN)活動抑制→副交感神経活性化」とMT2受容体を介する「体内時計による概日リズムの調整」による効果です。
この効果を期待して、合成メラトニンアゴニストであるラメルテオンは睡眠薬、不眠症治療薬として認可されています。ベンゾ・非ベンゾのようにGABA系(鎮静系)を活性化させるのではなく、本来の睡眠潜時に起こるべきリラックス反応を増強する作用機序なので、理論上、依存性や耐性が起こりにくく安全性が高いですが、効果はソフトです。
メラトニン製剤やタシメルテオンは、内因性及び外因性概日リズム睡眠‐覚醒障害の位相調整薬として有効です。
スーパーホルモン【メラトニン】の効能
睡眠と関係が深いホルモンなので、睡眠の質を改善するホルモンだと誤解されやすいですが、メラトニンの効能は、最もよく知られている体内時計の調節にとどまりません。全身の体調を整え、がんも心血管イベントも予防するスーパーホルモンなのです。
🌗 1. クロノロジカルな役割(体内時計ホルモン)
メラトニンの第一の役割はもちろん「体内時計の夜相を知らせる」こと。これは MT₁/MT₂受容体を介した神経的作用です。
🌿 2. 抗酸化作用(Free Radical Scavenger)
メラトニンは小分子インドール構造をもち、電子を与えることで、OH•(ヒドロキシラジカル)、O₂⁻•(スーパーオキシド)、NO•、ONOO⁻(ペルオキシナイトライト)などのフリーラジカルを直接中和し、脂質過酸化・DNA損傷・タンパク酸化を抑制します。
特筆すべきは、他の抗酸化物質(ビタミンC、Eなど)と異なり、「連鎖型」ではなく「cascade scavenger」であることです。つまり、一度ラジカルを捕まえて終わるのではなく、代謝物(N¹-アセチル-N²-ホルミル-5-メトキシキヌラミンなど)が次々と新しい抗酸化能を発揮します。結果的に、一分子のメラトニンが数分子分のラジカルを無害化できるのです。
この直接作用にとどまらず、メラトニンはさらに「SOD(スーパーオキシドディスムターゼ)」、「GPx(グルタチオンペルオキシダーゼ)」、「カタラーゼ」といった抗酸化酵素の発現を転写レベルで促進し、NRF2経路を活性化する経路で間接的にも抗酸化作用を発揮します。
🧬 3. 抗炎症・ミトコンドリア保護作用(アンチエイジングホルモン)
メラトニンはNF-κB経路を抑制し、IL-6・TNF-αなどの炎症性サイトカインを低下させます。ミトコンドリア膜に直接作用して電子伝達系(特にComplex I & IV)を安定化、ATP産生効率を高めます。さらにmtDNA損傷の修復促進作用も報告されており、慢性疲労や老化研究の領域でも注目されています。
🎗 4. 抗癌作用(Oncostatic / Oncoprotective)
メラトニンは、Cyclin D1 / CDK4 の抑制による細胞周期停止(G₁ arrest)、p53経路活性化、Bax↑/Bcl-2↓によるアポトーシス促進、VEGF / HIF-1αの低下による血管新生抑制、乳癌細胞でERα依存転写をブロックしてエストロゲンシグナル抑制(抗エストロゲン作用)等による直接経路により、がんの新生や成長を阻みます。
また、抗酸化・免疫調整による腫瘍微小環境の改善という間接経路もあります。
IARC(国際がん研究機関)は「夜勤による概日リズムの破綻」を【probable carcinogen(2A)】に分類しており、背景メカニズムの中心に「メラトニン欠乏」があります。
メラトニンに活躍してもらうための睡眠マネジメント
これだけすごいメラトニンだから、できるだけたくさん分泌してもらって、長い間、高い血中濃度を保ってもらいたいですよね。
そのための睡眠マネジメントも、私がいつも提唱している睡眠マネジメントと同じなんです。
この睡眠のシンプルさが、私が睡眠にハマった理由かもしれません。

SCN(視交叉上核)は、視床下部にあるわずか約2万個のニューロンからなる核群で、哺乳類における【マスタークロック(主時計)🧭 】として機能しています。それを外界の光の24時間周期に同調(entrainment)させるのが「光 → SCN → 松果体 → メラトニン → SCN」という閉じた負のフィードバックループ(sequential feedback loop)です。
視交叉とは両眼の視神経がクロスするところで、両眼からの光刺激が集まりますが、実際は、網膜のipRGC(内因性感光性網膜神経節細胞)が、特に青色光(波長460–480 nm)を検出し、視交叉上核(SCN)へ直接投射しています。光刺激は視交叉上核で捉えられ、視交叉上核から松果体への「メラトニン分泌を即時にやめろ」という信号に変換されます。光が当たるとメラトニンの分泌は抑制されます。
一方、メラトニンはMT₁受容体(Melatonin Type 1 Receptor)を介して、視交叉上核(SCN)ニューロンの発火を抑制し、副交感神経を活性化させます。
つまり、真っ暗な環境でリラックスする状態を、長時間連続するほど、メラトニンをジャバジャバ出し続けることができます。
それは、日中の覚醒中には無理ゲーです。
だからこそ、睡眠時間を利用して、スーパーホルモンメラトニンに大活躍してもらいましょう。
残念なお知らせですが、メラトニンの分泌量は年齢とともに減少します。
ただ、それに嘆くことなく自前のメラトニンを最大限出せるような睡眠マネジメントを行いましょう。
私が睡眠に求める効能は〈覚醒時の生産性を高める〉ことです。
具体的には、
自律神経の健康を保つ(夜間突然死を避ける)
認知機能を保つ
ことです。
メラトニンの体内時計調整メカニズムや類稀なる抗酸化・抗炎症作用は、まちがいなく血管保護、動脈硬化抑制効果があるに違いないのに、私はそれを軽視していたと、しみじみ反省しました。
自信を持って宣言します。私が一番好きなホルモンは、メラトニンです。




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