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健康経営施策で医療費は下がるのか?

「ボケたくないなら眠りなさい」シリーズは、まだ続いていますので、ご安心ください。

無料キャンペーンで「ゴールデンカムイ」を全話読んでいたら、そろそろ週に一度のコラム更新の宿題が間に合わないので、慌てています(笑)

「ゴールデンカムイ」だけ読んでいたわけではなく、アメリカの公衆衛生学会(AOHC2022)にオンライン参加をしました。そこで話題に出た、こちらのページを紹介します。



健康経営サービスって、実のところ、どうなの? ~医療費削減効果はないという研究も~


米国の健康経営支援サービス業界は、2016年で年間80億ドル市場、アメリカ人労働者のほぼ3分の1をカバーしています。

日本でも、当社、株式会社心陽を含め、「健康経営支援サービス」は、にょきにょき増えて、程度の差こそあれ、従業員に法定外福利厚生を一切提供していない事業者を見つけるほうが難しいくらいです。


「これってほんとに意味あるの?」「KPIは?」的な質問はよく受けます。

もう一度、ぜひ、「メンタルヘルス対策のKPI」を読んで下さい!

まずは、施策の内容を独自の尺度で評価しようとする欲を捨てて、すでに科学的に、または制度上、奨励されている施策を選択すること、そして一度決めたら、参加率を高める努力をすること、会社に必要な姿勢はこの二点だけです。


もちろん、単なる福利厚生ではなく、「健康経営施策」と呼ぶからには、サービスの価格を投資額として、それを大幅に上回るリターンを想定したいものです。

特にアメリカでは保険制度の違いから、健康経営施策への経済的な期待は、医療費削減に集中しやすいです。日本の場合は制度上、特に受診勧奨施策やコラボヘルスでは、国民医療費には換算されない自費医療費含め費用は増えるので、医療費削減で元を取るのは難しいですね。

津川友介先生の「世界一わかりやすい『医療政策』の教科書」によると、「予防医療の8割には医療費抑制効果はない」そうです。参考にしているWHO-CHOICEが昨年10月にアップデートされているので、興味の有る方はどうぞ。

磯先生の研究でも、介入が医療費に反映するまでにはタイムラグがあることがわかっています。しかも施策にかかる費用がある分、介入当初はむしろ赤字になってしまいます。

米国の制度でも、健康プログラムを導入しても医療費には効果が出ないという研究がいくつかあって、企業はこのページのタイトルのとおり、健康経営サービスに「懐疑的:Skeptical」になっています。

そんなことないよ、医療費削減にも生産性向上にも効果あるよという研究もあれば、日本が抱える問題同様、もともと「健康オタク」の人しか利用しないから、利用者の健康が増進しているようにみえるのでは?という疑いもあります。


そこで、iThriveという大規模なランダム化比較試験(RCT)を実施して、健康経営プログラムが健康と福祉、生産性、および医療費に、及ぼした影響を調査しました。希望者を募ると、仕事をサボりたい健康オタクばかり参加するので、本人の意志には関わらず、キャンペーンに参加する権利を与えられる介入群とキャンペーンに参加することのできないコントロール群を決定し、両者を同じ(と統計学的に評価できる)集団にします。

会社という集団に対する施策は、こうして集団で評価します。


まずは、健診受診でキャンペーンにエントリーします。健診結果を受け取ったら、結果に基づくオンライン・リスク評価を受けます。その評価に従い、レクリエーション・エクササイズ・クラス、禁煙オンライン診療、eラーニングによるウェルネスチャレンジなど、本人に合わせたプログラムに招待され、参加に応じて、金銭的なインセンティブが得られます。 インセンティブの効果を評価するために、ときどき金額を変えて実験しました。


この設定には、すでに科学的に明らかになっている参加率を上げる工夫が満載です。健診で「はかる」から始め、リスク評価で「わかる」に進み、プログラムで「かわる」に至る3ステップ、自分だけのオーダーメイドの提案、そして、参加のインセンティブです。(参考:「はかるより、わかるより、かわること」)


結果、介入群の56%が健診とリスク評価の両方を完了し、31%が少なくとも1つのプログラムを完了しました。インセンティブなしと比べて、100ドルにすると、健診受診率がぐんと上がりますが、さらに200ドルにしても、100ドルとの差はありませんでした。


1年後、プログラムを完了した従業員は、参加していない従業員に比べて、健康に対する意識が高く、一人あたりの医療費が昨年平均に比べて1,373ドル少ないことがわかりましたが、集団間には差がありませんでした。

したがって、健康経営施策は、1年間では効果がないということが証明されてしまいました。

つまり、参加した従業員がもともと健康だったのか、会社が健康経営施策をしたから健康になったのかはわからなかったのです。

この意味は、わかりますか?

多くの経営者、また、健康経営施策を決済する権限のある皆さんの犯しやすい、科学的エビデンスへの誤解に注目してください。健康経営施策の効果は、参加した従業員にだけ得られてはNGです。

健康経営施策は集団が対象です。施策を与えた集団と与えていない集団に差が出てはじめて、その施策に効果があるといえます。

皆さんは、健康経営施策を評価するとき、そのプログラムが参加した従業員にとって、どれだけ効果があるかということを気にしてしまいがちです。

もちろん、これまでもしつこく伝えてきているように、よいことしかやっていないんだから、何をやるか以上に、参加率を上げることが大事です。

同時に、健康経営施策への参加は原則として自由なので、よい健康経営施策というのは、心理社会的集団免疫閾値の低い施策といえます。


御社の健康経営施策に、56%の従業員がエントリーしていますか? これは驚異的な数字です。

でも、こんなにステキなことをやっていて、31%が理想的なプログラムを完了しても、介入のあるなしで群間に、1年間では、偶然とは言い切れない差しか出なかったんです。

反対に、プログラムそのものの個人への影響しか謳えていない健康経営サービスは、サービスの質ではなく、参加者の質に左右されるということです。 健康経営サービスは本来BtoBであるべきですが、参加した個人にしか効果のないサービスであればBtoCの設定が望ましく、会社が全員分の費用負担をする健康経営施策にはふさわしくないとも言えそうです。


この研究は現在も継続中で、1年後では出なかった効果が4年後には出ることを目指しています。 良い結果が出るんじゃないかな?と私は期待しますが、前述の先行研究でもわかるように、簡単ではありません。

2年目の結果を見ましたが、参加者の自己申告による健康度は上がり、ベースラインの平均86.1%(7.1%の増加)から、かかりつけ医がいる従業員が、6.1%ポイント高かったです。医療費には有意差が出ませんでしたが、受診行動が増えているのは間違いなく健康行動である一方で、見た目の医療費が膨らんでしまうリスクでもあります。それでも、増えたという結果も出ていないようです。


現在のページを見ると、プログラムの延期などが通知されているので、COVID19パンデミックによる影響を受けているのかもしれません。

これはこれでおもしろい自然実験になるのかもしれません。


健康と収入は、ある程度までトレードオフの関係が成り立つことがわかっていますが、こういうプログラムに参加するのも、収入が高い人が多いそうです。

さすが訴訟の国、米国で、参加インセンティブを高くしすぎることにも警鐘が鳴らされています。


職場の格差是正にに対して公民権法を施行する連邦機関である、Equal Employment Opportunity Commission(EEOC)は、従業員の健康保険の総費用の最大30%(通常は年間数千ドル)まではよいだろうとしていましたが、American Association of Retired Persons(AARP)は、インセンティブを伴うプログラムへの参加は「自発的ではない」と主張しました。地方裁判所の下したAARPに有利な判決を受けて、EEOCがこの規則を削除したため、インセンティブ問題は暗礁に乗り上げてしまいました。


職域の健康経営施策が、医療費削減という効果に現れるためには、10年単位の長期期間が必要です。 学者の先生方に、根気よく研究を続けてもらいながら、私たちは科学的、または制度上の推奨があるプログラムにたくさんの従業員を参加させていきましょう。


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