健康経営とポピュレーションアプローチ(3)ver.3

更新日:1月24日

予防医療のパラドクス(Preventive Paradox)

元コラムはこちらです。

予防医療のパラドクス
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医学や医療というネーミングは、聖域感というと聞こえは良いけど、医学部出るような頭よくて金持ちでフツーじゃない=異常な人の独占業務みたいに思われがちです。

一方で、「健康」はそんな異常者の専売特許ではなく、単純に「生き様」のようなものです。

健康の世界的権威であるWHOは1940年代からその憲章で、「自分の人生を好きになることが健康」(心陽訳)としています。

企業の健康経営施策にとって重要なのはPARの概念。

わずか1%の社員の満足度を50%あげる施策より、全社員の満足度を5%上げる施策のほうが、生産性には10倍の効果があることを覚えてください。

(1)でスクリーニングプロセスを設けてハイリスク戦略を選択するリスクとして、トレーニングを積んでいない素人が、カットオフポイントを設けたり、何かの事象で従業員をハイリスク群と通常群に分類して別の介入を行なったりするスタイルはかなり非常識で、科学的根拠(エビデンス)と妥当性(バリディティ)がないことはおろか、組織の正義(Organizational Justice)という企業の心臓が脅かされる姿勢だと指摘してきました。

予防医学と表現すると医療機関が行なうことのように感じられるかも知れませんが、予防医療と健康経営はこのシリーズの冒頭からお示ししているように同じものといってもおおげさではありません。

従業員という伸びしろの大きい、つまり投資価値の高い社内資源に対し、企業が資源を投資して存分に回収するという根本的な健康経営において、ポピュレーションアプローチという切り口のエビデンスとバリディティは、新しい時代の経営者にとって、必須の教養だといえそうです。

かつて、ジェフリー・ローズ先生の恩師であるピッカリング教授は、一見当たり前のことである「血圧は連続だ」ということを証明するために非常なる努力をされ、成功しました。


私自身が、残業そのものよりも残業格差(みんなで残業するよりも一人で残業するほうがディストレス→2020年から始まる300人以上の企業に義務づけられる平均残業時間の公表という政策に中止提言するために解析しました)が、そして上司から今、現在実際に受けているサポートそのものよりも、もしも困ったときにサポートしてもらえそうな企業全体に充満するサポーティブな雰囲気のほうが従業員のストレスを軽減する、という仮説を証明できた研究に対しても、ある尊敬する経営者から、「実感を科学的に証明した奇跡的な業績だ」と過分なお褒めの言葉をいただきました。

このような仮説は私が研究室だけにこもっていたら発想できませんでしたし、産業保健や医業の臨床だけをしていたら研究のデザインに至りませんでした。実際に周囲の研究者からは全く意味がわからない、検証する意義のない仮説として嘲笑されました。(ハーバード大学院の2教授は応援してくれました)

ことほどさように科学的エビデンスというものは容易ではありません。

しかしその困難を乗り越え、私たちの想像のつかないほど賢い人々が、私たちが生きるためのヒントを蓄積してくれています。

これをぜひ、利用しようではありませんか。

カットオフポイントの魔術

もう一度、脳卒中と血圧の関係に戻りますと、今度は脳卒中の発症ではなく、脳卒中発症後に救命されて生き延びる人と亡くなる人をみてみます。

やはりこの場合も生き延びる人も亡くなる人も発症のピークである血圧にほぼ一致します。

多少は亡くなる人のほうが高いのですが、分布の形は非常に似ています。

単純にこのグラフを読んでしまうと、脳卒中で一番生き残れるのは収縮期血圧が130mmHgくらいで、一番死亡するのは140mmHgくらいという結果になってしまいます。

これは間違いで、一定の血圧で区切ったときの死亡率、生存率を議論する必要があります。

この場合、死亡率が確実に高まる血圧は180mmHgで、発症しないためには1mmHgでも血圧が低いほうがいいという一方で、発症後の予後因子としてはかなり高い血圧が許容されることがわかります。

Population Attributable Risk (PAR)

Population Attributable Risk (PAR) は人口寄与危険度とか集団寄与危険割合とか意味がいっそうわからなくなる日本語で訳されることが多いのですが、我々産業保健家や一般の公衆衛生家が、ある集団に対する集団レベルの介入により、集団の健康の向上、あるいはパフォーマンスの向上という集団レベルの結果をゴールにする場合、その介入の対象となるリスクや介入方法について検討する際には、このPARの概念が重要になります。