「薬は食後」は、思い込み?
- 石田陽子 Yoko Ishida
- 1 時間前
- 読了時間: 10分
薬と毒は紙一重?
もともと薬は静注(静脈注射で投与)が主の麻酔科出身の私は、多くの皆様には、処方薬にしろOTCにしろ、薬に対する神話的な思い込みがあるらしいことを、開業してから知りました。
そもそも薬は飲まないほうがいいという神話がある。。。「生活習慣を変えるなど、薬を飲まないで済ませる方法はないんですか?」と非常によく聞かれます。皆さんそれほど西洋医学に懐疑的なら、病院に行かなきゃいいのに・・・・・・こどもを医学部に行かせようって頑張らなきゃいいのに・・・・・・
毒にも薬にもなるって言葉がありますが、そもそも医療というのはそういう側面があるからこそ、有資格者が認可施設でのみ行えます。公衆衛生施策やヘルスケアとは前提が異なります。
たとえば動いていない腸管を、薬や手術で動かさなければ、それが原因で命を失うこともあります。
でも、腸管の動きが正常な人には薬も手術もいりません。
医療では、ベターな選択肢ではなく、ベストな選択肢を提示します。
薬を飲みたくないのは自由意志ですが、その場合は主治医にその旨を伝えてくださいね。処方されてるけど服薬しないし、それを伝えもしないのだけは、やめてくださいね。
具合が悪くて食欲がなかったので、発作を抑える薬の内服をスキップして、発作を起こした人を、実際に何度かみたことがあります。
血中濃度を保って発作を予防するようなお薬は、その目的からもなにか特定のものを食べてから飲まないといけないという設定では認可されません。
この一般的な神話って医療者から見ると不思議すぎて見落としがちで、だからわざわざ説明しないことが多いんですよね。これまでも何度も書いていますが、病院に行く前にしっかり食べさせてしまう家族たち・・・ 具合が悪いのに自分でしっかり食べてくる人は稀なんですけど、ケアする家族は、具合が悪そうだから栄養をつけなきゃって考えがちです。本人は具合が悪くて抵抗できないので無理に食べさせられてしまう・・・
ほとんどの場合、特に急性期の治療は空腹のほうがやりやすいので、無理に食べてこなくて大丈夫です。 受診は空腹がオススメです。
高校時代、私の救急外来受診時、医師が「妊娠の可能性は?」と尋ねたとき、付き添いの母が、「失礼な!」なんて怒ったけど、本当に恥ずかしかった・・・よほどの小児でない限り、女性を見たら妊娠を尋ねないと、次の検査に進めません・・・
手術前に、当日は朝ごはんを抜いてくださいね、と説明すると、先生にご飯がだめと言われたのでパンを食べてきました、という人が続出してしまいます・・・笑い話のようですが、医者に言われることを、むしろ真面目に聞きすぎて、勘違いしてしまうってことは多いですね。
先に伝えておきます。
「薬は食後に飲むもの」という一般的な認識:多くの方が「薬は食後に飲むもの」と考えていますが、実際には食事の影響を受けにくい薬剤のほうが多いです。
服用タイミングの重要性:薬の効果を最大限に引き出すためには、医師や薬剤師の指示に従い、正しいタイミングで服用することが重要です。
個別の薬剤に関する情報提供:医療者は薬剤について、食事との関係や服用タイミングについて明確に指示し、適切なアドバイスを提供しましょう。
食後と空腹時、食間ってどうやって決まるのか?
原則として、新薬の承認申請においては「食事の影響試験(food effect study)」が求められています。この試験では、空腹時と高脂肪食摂取直後にCmax(最大血中濃度)、Tmax(最大濃度到達時間)、AUC(血中濃度時間曲線下面積)などを評価し、食事(特に高脂肪食)が薬の吸収(バイオアベイラビリティ)に与える影響を評価します。
高脂肪食とは一般に、800~1000kcalかつ脂質が50%超(例:脂っこい朝食)という定義の食事です。
たとえばマクドナルド🍔なら、ビッグマックとマックフライポテトMで、ビッグマック:約 525 kcal、脂質 27 g、ポテトM:約 410 kcal、脂質 21 g、合計:約 935 kcal、脂質合計 約 48 g(約46%)でほぼ条件を満たします。これにマックシェイクをつければパーフェクト。
つまり、薬の食後の前提になってる食事って、薬飲まなきゃいけない人が絶対に避けなきゃいけない食事なんです。
なぜ、高脂肪食食直後と比較するかというと、高脂肪食が最も薬の吸収に影響を与えやすい条件だからで、もし薬が「高脂肪食でAUCが倍増する」などの挙動を見せる場合、脂質との相互作用を含めたリスク管理が必要と判断されます。
一部の薬剤は、食事の有無によって吸収率が変化するため、服用タイミングが指定されています。
たとえば、オメガ3製剤(例:ロトリガ)、グリセオフルビンなどの脂溶性薬剤は、食後、特に脂肪を含む食事と一緒に服用することで吸収が促進されます。
吸収には影響がなくても、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)などは、空腹時に服用すると胃への刺激が強くなるため、食後の服用が推奨されます。
でも、NSAIDsを服用したいタイミングは、炎症があり、痛みや熱があって、あまり食欲がないことも多いです。食後じゃないと効かない、というわけではありません。痛みを我慢する便益はありません。
そのかわり、どんなときにも、たとえば食後であっても、必ず胃薬と一緒に内服することを習慣にしましょう。
具体的な統計データは限られていますが、一般的な傾向として、食事の影響を受けやすく、服用タイミングが明確に指定されている薬剤は、全体の約10~20%程度と推定されます。食事との関係が強い薬剤は少数派であり、多くの薬剤は食事の影響を受けにくい設計となっています。
残りの80~90%の薬剤は、食事の影響を受けにくく、特定の服用タイミングが指定されていないか、「食後服用」が、【習慣的に】指示されている場合が多いです。
本当に食事の影響を受ける薬剤は少数ですし、食事の摂り方は多様です。
冒頭で書いたとおり、内服は医療としてベストな提案なはずなので、規則正しい食事のような公衆衛生的推奨事項とは話が違います。
主治医は処方意図を明確にし、患者は処方の目的や内服のタイミングの意味をしっかり理解するよう、コミュニケーションをたいせつにしましょう。
なるほど、空腹時と高脂肪食摂取直後で薬の吸収を比較して、食後のほうが吸収がいい場合は食後、反対の場合は空腹時処方になるわけですね。
それでは、「食間」はどういう意味でしょうか?
食間は単純に空腹時です。空腹時が推奨される薬を内服するベストなタイミングが起床時です。しかし、1日2回以上内服する必要のある薬剤は、1日の中で起床時とは別の空腹時、すなわち食後2時間以上経過しているタイミングを探す必要があるので、食間という表現があります。
でも、冒頭の神話によって、空腹時の内服が望ましい食間処方の薬剤を、食事の間という勘違いで食事中に飲んじゃう人もいるので、誤解を避けるために空腹時としたほうがわかりやすいよな、と私は思います。
それでは、空腹時や食間と処方された薬を空腹時に飲んだあと、次の食事までどれくらい待てばいいのでしょうか? 口から入った薬が食道を通って噴門から胃に入り、幽門から小腸に出ていく胃内容排出時間は、空腹時で概ね30分〜1時間以内、小腸での吸収はさらに数十分を要しますが、薬によっては胃内滞留時間が短く、30分で実質OKな場合が多いです。
当院患者の北海道大学薬学部出身の女性は薬局で、内服後2時間は飲食してはいけないと説明されたそうですが、2人で論文を検索しながら、いや、30分でいいよね、と結論づけました。
生活上、困難な条件を説明されたら、すぐに主治医に確認してください。
ただし、経口GLP-1受容体作動薬のように、すごく条件の厳しい薬もあります。 まずは主治医に相談しましょう。
当院は働く患者がメインなので、基本的に昼の定時内服はリアリティに欠けるため、仕事中は内服しない前提の処方をしています。仕事中の食事なんて、食べられるときに食べるだけだし、抜かなきゃいけない場面も多いですよね。内服のことなんて思い出しもしません。
オメガ3製剤
では、食後の内服が推奨される具体例として、私がコラム「アブラカタブラシリーズ」でも紹介している、大好きなオメガ3製剤(EPA/DHA製剤)の吸収特性をみてみましょう。
脂溶性のため、食事中の脂質とともに摂取すると胆汁分泌が促され、吸収率が上がります。
典型例として、空腹時では吸収率(相対)が60~70%に低下し、高脂肪食では最も吸収が良いというデータが複数あります。
ちなみに保険適用レセプト病名は、高中性脂肪血症です。非医療者が考えても、高脂肪食は避けたほうが良さそうですね。
条件 | 吸収率(相対) | コメント |
高脂肪食直後 | 100%(基準) | 最大吸収。試験設計の「Fed」条件 |
通常食後 | 約80~90% | 実生活ではこの範囲が妥当 |
軽食(例:おにぎり、果物) | 約70~80% | 胆汁分泌には貢献するが限界あり |
空腹時 | 約60%台 | 胆汁・膵酵素の分泌が最小で吸収低下 |

ごらんのように、パッケージにも【食直後に服用】と目立つところに書いてありますが、表をよく見てくださいね。
少なくとも当院でオメガ3を処方している患者は全員、減量を目指して食事に気をつけるよう生活習慣指導しているので、吸収を最大にするために高脂肪食を摂られたら困っちゃいます。
ところで、血中脂質を減らしたいのに、なんで魚の脂なの?って、よく質問されますが、実は、食事として摂取した脂質が血中脂質になるのではなく、肝臓で合成した脂質が血中脂質になるんです。その材料は主に糖です。だから、血中脂質を下げたかったら、糖を摂りすぎないようにして、魚の脂を積極的に摂ることが大事なんです。
オメガ3が血中中性脂肪を下げるメカニズムはのひとつは肝臓における中性脂肪合成を抑制することです。
肝臓は糖や脂肪酸から中性脂肪(トリグリセリド)を合成し、VLDL(超低比重リポタンパク)に積んで、血中に放出します。
オメガ3はこのVLDLの合成・分泌も減らします。VLDLは「悪玉コレステロールのたまご」のような存在で、まずは中性脂肪を運ぶトラックだけど、荷物(TG)を降ろしたあと、コレステロールを多く含んだ悪玉(LDL)に育ってしまうのです。 冠動脈疾患リスクは、血中LDLコレステロールと血中中性脂肪との組み合わせで高まることも明らかです。
他には、リポタンパクリパーゼ(LPL)活性を高め、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPARα)を活性化して脂肪酸のβ酸化(エネルギー源としての利用)を促進して、薬効を発揮します。
セオリー通りの正しい内服法はあとから調べることが可能ですが、あなたが満腹で飲むのを忘れてしまったとき、なにか食べてから飲むのか、空腹で飲むのか、はたまた飲まないのか、これは主治医とのコミュニケーションでしか手に入らない情報です。この、ルールをうっかり守れなかったときの自分の行動をあらかじめ知っておくことが患者力です。
受診では、調べればわかることではなく、受診しなければわからないことを持って帰ってください。
ビラスチン
次に空腹時代表として、花粉症と生産性のコラムで紹介したビラスチン(ビラノア)をみていきましょう。
オメガ3と反対に、高脂肪食摂取直後にはAUC(血中濃度)が半分未満に減少します。
難しいことをいうと、ビラスチンがP糖タンパク(P-gp)の基質であることで、食事によりP-gpの活性が亢進し、腸管からの吸収が阻害されるからです。
まあ、簡単にいうと、「食後」は避けるべきです。
ただ、実生活上は、食直後より起床直後の空腹時のほうが内服しやすいと私は感じます。
ビラノア以外の抗ヒスタミン薬は食事の影響は受けませんが、ビラノアの特徴はとにかく眠気とインペアード・パフォーマンスがないことですから、朝飲む問題もありません。
当院では、CPAPのアドヒアランスを上げるため、薬効の強い第一世代の抗ヒスタミン薬を就寝前に内服し、起床時にビラノアを服用している方も多いです。
第一世代の抗ヒスタミン薬は、鼻炎症状を抑制する効き目は強いけど眠気や口渇などの副作用がありますが、眠る前なので眠気は大歓迎、眠っているので口渇も気にならないということで、おすすめです。
ドリエルなど市販の睡眠補助薬は、第一世代のこの副作用を利用しています。
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