X-check(クロスチェック)① 職業性ストレスと冠動脈疾患
- 石田陽子 Yoko Ishida
- 9月25日
- 読了時間: 9分
職業性ストレスとデマンド・コントロールモデル
1979年にKarasekが、デマンド・コントロールモデルを提唱してから46年の今年、規模に限らず全事業場をストレスチェックの対象とする法案が閣議決定されました。
ストレスチェックにはいくつかモデルとなる理論がありますが、その屋台骨の一つがこのデマンド・コントロールモデルです。
職業性ストレス簡易調査票【BJSQ】では、仕事の内容についての質問でチェックしています。 たとえば、「非常にたくさんの仕事をしなければならない」という質問はデマンド(要求度・タスク)、「自分で仕事の順番・やり方を決めることができる」はコントロール(裁量・自由度)をチェックする質問です。
科学的には、仕事をしている(するべき仕事がある、社会に役割がある)ほうが、失業しているよりも健康である、というエビデンスがたくさんあります。もちろん、お金があるほうが健康である、というエビデンスもあるように、経済的な理由もひとつですが、どうやら働かなくてよい身分であっても、報酬をどうするかは別として、社会活動をしていたほうが健康にはよいようです。
つまり、デマンドがある、たくさん仕事をしなくちゃいけないほうがリスクというわけではなくて、その仕事をどれくらい自由にできるか、という点が、仕事と健康をつなぐ最も大きなポイントであることが、わかっています。実は長時間労働よりも裁量がないことや、次の研究で紹介するように努力に対する報酬の不足のほうが、ずっと健康に悪いです。やりたくない業務で無理やりサービス残業させられる状態ですから、たしかに最悪です。一方、ワーク・エンゲイジメントが高まりすぎて、時が経つのを忘れて没頭していたときは、連続覚醒時間と活動量によって肉体的には疲労しますが、メンタルヘルスは清々しいものです。

X-checkでは、高ストレスかどうかとは別の軸で、デマンド・コントロールモデルにおける属性を提示します。
デマンドもコントロールもMAXのアクティブ群は、神の手と称される天才外科医がイメージで、確かに仕事はできる、職位も報酬も高いけど、協調性があるとは限らないし、パワーバランスの上流にいることが多いため、ハラスメント加害リスクすらありえます。私の研究では、全体の4分の1に当たります。ちなみに私もこのタイプです。案の定、52年間、一度も正社員として協調性を発揮したことがありません・・・
「この仕事、オレが抜けるわけにいかないから、健康診断はいかなくていーや」なんつって、案外、健康リスク高めの人々でもありますので要注意です。
コントロールが効く立場にいるのなら、あえて視点を変えて、後輩に任せる、育てるという姿勢も大切です。できるからこそ、威張るのではなく、やってみせて、やらせてみましょう。
私の研究によると約6割の人々はコンフォート群で、まあまあたいへんな要求を、それなりに柔軟にこなしています。仕事ってこんなものでしょ、ふつーです、って感じでしょうか。最も健康リスクが低く、快適な状態で、次に紹介する研究においても、基準とされています。しかし、やや単調に感じることがあれば、せっかくの余力を活かして、管理職としての職場環境改善への挑戦や、キャリアアップのための資格取得など、新たな デマンドを自ら創造してみてはいかがでしょうか。
ストレイン群とパッシブ群は私の研究では、どちらも8%でした。産業保健研究は、公衆衛生領域の中で、「Health Wokers' Effect」なんつって、ちょっとバカにされるんですが、そのわけは、本当のストレイン群がストレスチェックを受けているのか?というシンプルな問の中にあります。調査の対象になる労働者にしろ、事業場にしろ、調査に回答するレベルの労働者であり、事業場であるため、真のリスク群を見極めにくいのです。たとえば、ホワイトカラーよりもブルーカラー、大企業より小規模事業場のほうが、ストレイン群の割合が多いことがわかっています。
四半世紀近くにわたる数々の研究により、ストレイン群、パッシブ群が冠動脈疾患罹患率、要介護率、喫煙率、肥満率などの健康リスクが高いことが示されてきました。
ストレイン群のあなたは、まずは助けを求めることから始めてください。その環境に耐える、乗り越えることより、逃げ出すことを考えてください。そして大多数の裁量権のある人々は、組織の中にストレイン群が一人もいない状態を目指してください。
パッシブ群のあなたには、やりがいのある仕事を体験してもらいたいです。退屈だけど無難にこなせるライスワークも悪くないけど、仕事以外でもいいから、夢中になる瞬間を味わってほしいです。
Coronary Heart Disease Attributable to Psychosocial Stressors at Work (JACC Advances, 2025)
Karasekの発表から数十年はストレイン群の健康リスクについて、たくさんの研究がありましたが、今週、2025年9月22日に、ホヤホヤの研究が出ました。

デマンド・コントロールモデルやERI(Effort Reward Imbalance:努力・報酬不均衡)モデル等の心理社会的ストレス理論モデルとCHD(Coronary Heart Deseases:冠動脈疾患)のAF(Attributable Fraction:寄与割合)を、前向きコホートで初めて直接推定しました。
対象となるコホートは、カナダ・ケベックの公的/準公的機関のホワイトカラーの労働者ですから、前述のとおり、ストレイン群は少ないとされます。母集団はPROQ(Prospective Quebec)コホートです。
解析対象者は、ベースライン時点でCVD(Cardiovascular Disease:心血管疾患)既往なしかつ就労中の6295人、2004年から2018年まで15年間追跡しました。
6295人を15年間追跡するって、ほんと、研究にはお金も時間も根気も必要です。
初発の心血管イベントは、心筋梗塞・狭心症・急慢性冠症候群・血行再建術・CHD死亡を医療行政データベースで検出、リバース・コーゼーション(逆の因果)を除外するため、追跡初期5年のイベントは除外しました。

デマンド・コントロールモデルによる4象限の分類と、ERI比によるカットオフを使用しました。
1. Unexposed(Comfort かつ ERIなし=理論最小リスク):37%
2. Low exposure(Passive/Active または 低報酬だがERIではない):29%
3. Intermediary(Strain か ERI のどちらか):23%(S:8%・E:15%)
4. Double(Strain かつ ERI):10%
AFの推定には、逆確率重み付き Kaplan–Meier 法を使用し、選択・交絡をIPWで補正、KM曲線からAF15年を算出、交絡は年齢・性別・教育・婚姻・喫煙・飲酒・身体活動・腹囲/ウエストヒップ比・高血圧・脂質異常・糖尿病で調整、多重代入法を実施しました。性差はWald検定で非有意でしたが、過去には特にERIは男性で影響が強いという研究を読みました。CHDをアウトカムにした場合、そもそもの性差がありますが、今回はAFを見ている分、性差がなかったのかもしれません。
AFとHR(ハザード比)の結果は、Strain単独(8%)が18.2%(95%CI 1.8–34.7)と1.41(1.12–1.70)、ERI単独(15%)が3.3%(95%CI −1.6–8.2)と1.17(0.97–1.37)、Strain+ERI(10%)が19.5%(95%CI 0.7–38.4)と1.53(1.06–1.99)でした。
Passiveの HRは 1.26(0.99–1.53)、Activeの HR 1.12(0.84–1.41)と有意差はありませんでしたが、私は、実務印象的にはActiveのリスクは高いと思っています。
アクティブには、酒もタバコも徹夜もするけど健康診断は行かないタイプと、そのインテリジェンスと経済力を活かして健康投資を怠らないタイプという両極端が存在するため、有意差が出なかったのではないかというのが私の考察です。
そもそもCHDの9割は予防可能だと以前から証明されていますが、Strain+ERI対策によって約2割のCHDが予防できることは素晴らしいし、社会的な健全性という視点からもStrain+ERIという心理社会的な環境で労働する人口はゼロになってほしいと心から願います。
トンチンカンな言い分だと思うのですが、公衆衛生界では、ストレイン群等、ハイリスク労働者の人数が少ないため、人口寄与危険度は低くなるから対策の優先順位は低いという意見もありますが、働くこと、労働、そのものが、社会的な健康を享受できる人間にのみ与えられたすごい役割なので、仕事で健康を害する人を放置することが、喫煙対策より優先順位が低い、とは私には思えません。
職場のストレスがCHDを引き起こすメカニズムは、交感神経・RAAS・HPA軸の活性化による動脈硬化進展、急性期のプラーク破綻・血小板活性化・血管収縮などなど、これまでの知見で説明がつきます。発症率としては、地域の一般住民と差はありませんでしたが、先行文献的にはブルーカラーだともっと増える可能性があります。
昨年の関連研究では、欧州35か国の推計によると、複数の職場ストレス要因を合算したCHDの全体AFは約8.1%(95%CI: 2.0–13.9)、同条件でうつ病は26.3%(95% CI: 16.2–35.5)となっていて、ほれみろ、やっぱりメンタルヘルス不調のほうが問題じゃないか、と鬼の首取ったように言う人が目に浮かぶんですけれど、私は、死ぬか死なないか、予防できるか予防できないかで議論したいと思います。
気分障害と職場のストレスは関連付けやすい一方、SHDには喫煙・食事・運動・遺伝など多くの因子が関与するため、職場ストレスの寄与割合は相対的に小さくなる(ように見える)のは必定ですが、この研究の8%にしろ、本研究の19.5%にしろ、喫煙や高LDLコレステロール血症と並ぶ「予防可能要因」として無視できないレベルです。
指標 | うつ病 | 冠動脈疾患(CHD) |
年間発症率(典型例) | 約 4% 有病率レベルでしばしば言及 | 若年層ではかなり低い。中年〜高齢では数‰〜数%オーダーも |
生涯発症リスク | 一生を通じて経験する人は数〜十%以上になる(国や定義で差) | 中年始点でリスク群は数十%になる可能性あり(リスク要因依存) |
発症メカニズム | ストレス・心理的因子 → 神経化学的変化 | 血管リスク要因(高血圧・脂質異常・炎症・喫煙など)+心理社会的ストレスも関与 |
うつ病による生活の質や機能の損失は重大な問題であり、職場のプレゼンティーイズム、アブセンティーイズム、離職などの健康関連経済損失の大きな部分を占めます。
しかし、プレゼンティーイズムを許容して治療と仕事の両立をする方法もあれば、休職して療養に専念した結果、復職後はミニマムなプレゼンティーイズムで働くことも可能です。
職場環境と合わずに離職し、次の職場に移ったあと、いきいき働ける可能性もおおいにあります。
ところがCHDは命に関わる事態になることが多く、ひとたび死亡すればそれはもう究極のアブセンティーイズムで、御社だけでなく、地球上のどの会社でも生産性を発揮することはできないのです。
実は私はこれまで、ストレイン群よりERIのほうがストレスが強いと思っていたのだけれど、そうでもないということが、意外でした。そう思って、いくつかの論文を参照したところ、アウトカムをメンタルヘルス不調にしても、差は縮まりますが、ストレイン群のほうが影響が強かったです。
あらためて自分に当てはめてみると、精一杯努力して報酬が割に合わない仕事より、やり方はめちゃくちゃ制限されるけど意味がわからない仕事のほうが気分は滅入るよな、と納得したのでした。つい先日も、「意味がわからない、仕事を定義してもらえない」という理由で、ひとつ仕事を断ってしまいました。楽しいタダ働きのほうが、つまらない仕事よりはずっとマシだと私は思ってしまいます。社員は思っていないでしょうけど(笑)
それにしてもKarasek先生のデマンド・コントロールモデルを凌ぐモデルが50年近く出てきていない、ということに感心します。偉業です。
しかし、ひょっとしたら、次の50年は【X-checkモデル】が牽引することになるかもしれません。
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