第⑫位 心不全で休職後、3分の1が職場復帰

更新日:2020年12月13日

2016年6月2日

ここのところ、疾患の転機を死亡率でみることに異論を呈するコラムが続きました。

アブラカタブラ④スタチンも、植物性脂質も、死亡率を下げない_! _
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肥満はやっぱり分泌異常
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特に全死因死亡率の場合、疾患そのものが死亡に寄与した割合もわからないし、ただ死ななければいいと思っている労働者は皆無でしょう。

労働年齢の私たちにとって、イキイキ働けることは、家族や友人とのプライベートの時間を愉しむこと同様、生きることそのものでもあります。

疾患も含め、あらゆることに悩み苦しみ、そして、つきあい、解決しながら、生活の中の意味を積み上げていくことが、生きることです。

生きがい(人生に対する強い目的意識)があると、死亡率や心疾患罹患率が20%近く低下することもわかっています。

イタリアはフィレンツェで開催された欧州心不全会議でコペンハーゲン大学病院の研究者が発表した今回の研究は、心不全後の死亡の転機ではなく、心不全と診断され、入院加療する前に就労していた18歳から60歳までの11880人の労働者を対象にデータを解析しました。

年齢、入院期間、性別、学歴、収入、就労形態、併存疾患の可能性に関するデータを全国レジストリーから入手して解析したのですが、デンマークでは国民の詳細なデータを漏れなく把握しているそうです。

国民負担率(国民所得に対する税金と保険負担料の割合)が70%を超え、その高い社会保障制度から「世界一幸せな国」とも評されるデンマークならではの報告といえるかもしれません。

日本の国民調査やレセプトデータとの違いは詳細に調査できていないので、なんともいえませんが、少なくとも研究報告の多い米国のデータよりは日本に外挿しやすいといえるでしょう。

全患者の68%が入院から1年後に仕事に復帰

解析の結果、全患者の68%が入院から1年後に仕事に復帰していたことがわかりました。

25%が仕事に復帰せず、7%が死亡していました。

1年以内の死亡例を除くと37%が仕事に復帰しませんでした。

タイトルでは3分の1以上が仕事に復帰、と書きましたが、復帰しなかった32%の人々が心身の機能上、就労できなかったという記載はありません。

もちろん全体の7%の方々は亡くなったので、復帰することはできませんでしたが、serviveした人々のADLやQOLについては、学会のプレスリリースでの情報なので詳細はわかりません。

心不全を経験したことで、いわゆる普通の社会人としての生活を維持し、独立して生活する能力が大幅に低下することを示唆する結果ですが、これはおそらく、心不全に限らず、疾患により休職、あるいは離職するすべての社会人、いや疾患の有無にかかわらず、仕事をしていない状態から仕事をする状態に変容する可能性のあるすべての人々の問題として共有できる話題でしょう。

労働法、そして労使契約の中には、雇用主が社員の安全衛生を守る義務を担うと同時に、社員は自己保健義務に勤める条項があります。

就業規則を持つ企業では必ず記載があることでしょう。

社員には不調時に適切な治療を受ける権利があるのと同時に、療養必要時は療養に専念し、復職可能な段階でしっかり社会に復帰する義務があります。

また、企業はいたずらに社員を休ませることばかりに気を遣うのではなく、社会の窓口として復帰を促し、支援する社会的な義務があります。

医師患者関係である治療契約は、労使関係である労働契約とはまったく位相の違う契約であり、その架け橋として私たちのような産業保健の専門家がいます。

この辺は、制度の未達によるところが大きいとはいえ、多くの経営者、および労働者に誤解されている点でもあります。

心不全後に仕事に復帰する可能性は、高齢の被験者(51~60歳)の場合と比べて、より若い患者(18~30歳)では3倍


この結果に驚かれる方は少ないでしょう。

一つには高齢者のほうが回復能力が低いということが想像できますし、内外の事情も若年の職場復帰をより擁護しているのではないでしょうか。

企業側も療養後の社員を復職、あるいはさらに強く入職させる際、社員の年齢を気にする傾向があります。

これは、療養後に限った話ではありませんね。

いわゆる再就職の厳しさをそのまま反映しているといえるかもしれません。

復職の際は、療養前の働きぶりを企業がわかっているので、療養後の期待や復職支援が高まるでしょうが、日本に照らし合わせると特に、疾病により前職を辞した社会人の再就職にはハードルが高く、それは疾病の有無にかかわらず、年齢の増加に伴い高くなります。

若年者と高齢者の比較では医学的な事由が先行するように見えやすいかもしれませんが、次の二つの結果が社会的な理由を強く示唆します。

「大きな病気もしたし、今までがんばったんだし、辞めどきを探っているときでもあったんだから、無理して就職しなくてもいいんじゃない?」

「ごくろうさまでした。神様がもうゆっくりしてくださいってチャンスをくれたのよ」

なんていうハートウォーミングな家族の会話も当然聞こえてきますが、もっとシビアな社会的事由ももありそうですよね。

また、前職に復帰するのと再就職するのではずいぶん意味合いが違いますが、日本企業の多くは勤続年数や雇用形態によって休職期間を定めていますので、もともと不安定な就労、つまり非正規雇用であった場合には、休職ではなく離職を強いられることが多く、復職、つまり再就職はひどく困難なものになります。

学歴が高い患者では復職率が2倍

このページでも再三お伝えしていることですが、SES(社会経済的要因)が高い人は健康度が高いというエビデンスは枚挙にいとまがありません。

これは疾患だけにかかわらず、たとえば、タイタニック号の事故で死亡した人、生き残った人でもきれいに相関しています。

SESが高いというのは、一言で言ってしまうと「育ちがいい」ということで、学歴や出身地や現在の収入などで規定されます。

今回の研究においても、学歴の高い群と低い群に分けると、学歴がより高い患者では、基礎教育のみを受けた人と比べて仕事に復帰する可能性が2倍でした。

学歴は、心不全と診断されてから、いや、診断される前でも就職してしまってから上げるのは難しいですよね。

これには打つ手がないでしょうか。

また、心不全のない患者で見たときには学歴により、復職率が変わらないといえるでしょうか。

いいえ、ですよね。

もともとすべての離職者、休職者で調べても、この傾斜は出るに違いありませんね。

男性の復職率は女性より24%高い

男性は女性に比べて仕事に復帰する可能性が24%高いという結果でした。

さあ、これも男性のほうが身体機能が高く、女性よりも予後が24%高いという理由によるものでしょうか。

男性と女性とは性差による身体活動の差が当然存在しますので、そもそもの罹患率にも差がありますし、一概に言ってしまう危険はあります。

ただ、多くの人々が身体構造上は女性のほうが強い、なんて耳にしたことがあるのではないでしょうか?

もちろん体力は体が大きく代謝の多い男性が大きい場合が多いですが、レジリエンスでみるとなんともいえません。

医学的な心不全予後男女差は置いておいて考えてみませんか。

この研究はそもそも、診断治療前に就労していた人のみを対象にしています。

「病気になったんだし、もうわざわざ働かなくてもいいんじゃない?」

家族からも、企業からも、そう言われてしまいやすいのは女性か、男性か、そんな背景が透けて見えます。

ちなみに、7日間以上入院した被験者、または脳卒中、慢性腎疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、糖尿病、またはがんの既往歴のある被験者は、仕事に復帰する可能性がより低かったという結果については、社会的事由というよりは医学的事由が高いと思いますが、治療歴や既往歴を雇用の際のバイアスにしない企業はありませんし、私はするべきだと思います。

企業として社員の健康にどうコミットするべきか

企業は一度雇用してしまえば、雇わなければよかったと後悔してもなかなか解雇することはできません。

企業にとっても採用が、自社にとって最高の資源を選択する唯一最大のチャンスです。

その際、当該候補者の健康上の背景を考慮しないほうが企業努力の怠慢といえるでしょう。

失業の理由については、さらなる研究が必要ですし、それをするべきは私たち産業保健研究者であるともいえます。

医師がリスクに関する懸念を述べて仕事に復帰しないよう助言していたケースも含まれているようですし、安全に仕事に復帰できるにもかかわらず死亡するリスクが高いと患者に間違って伝えられたケースもあるようです。

デンマークの事情はつまびらかではありませんが、日本において、こと、医者ほど社会事情、雇用事情に疎い人種はありません。

先日も触れましたが、私の患者さんが「有給を節約したい」と診察中に申し出たら、主治医の頭に「?」が5個くらい浮いていたそうです(笑)。

医者から社会常識を奪うのは日本の医療制度独特のお家芸であり、利点も多いので、全否定するつもりはありません。

しかし、産業保健という視点で企業が社員の健康に介入する場合には、産業保健の視点を有する専門家にコンサルトする必要があります。

優秀な医者だからといって、労働法は知りませんし、優秀でない医者ならなおさらでしょう。

医者は自分が労働する際にも労使契約を結ばないのが一般的です。

武士は約束状に判を押すなど、もっとも恥ずかしい行為と嫌ったようですが、日本の医者の場合は治療契約が基本的に患者さんが受付で名前を書いた瞬間に締結される非常に特殊な社会で医師側からの拒絶はできません。

エンドユーザーである患者さんとそんな方法でとつながっている関係上、また、自分のパフォーマンスにかかわらず、診療報酬により自分の労働価値が決まるという制度上、労使契約、労働契約、労働法に無知であり、そうなるべく隔離洗脳され、だからこそ尊い高度医療ができるという現実もあります。

この研究は循環器(心不全)の学会で発表され、一見、心不全にまつわる研究のように見えますが、実に実践的、現実的な産業保健、社会疫学上の提言を孕むもので、その点が高く評価できると感じています。

余談ですが先日ある勉強会で、職場のインフルエンザワクチン接種率を上げるための解決法を探求する若い研究者に対し、産業保健の専門家から、インフルエンザワクチンの医療的な意義、たとえば感染率の年次変化やワクチン株と流行株の一致度などに対して批判的な意見が出ました。

実際にワクチンの接種率を100%にしたところで、インフルエンザの罹患率を0%にすることとは同意義ではないし、接種の直接効果を計測することはできません。

インフルエンザワクチン接種の費用対効果

しかし、流行の度合いやワクチン株の選定などは別の感染症専門の公衆衛生家が日々、必死に研究、議論していることですし、私たち、産業保健の研究者は、ワクチン株が流行株と当たるかどうかの博打に勝つためではなく、接種率を上げることで職場のヘルスプロモーション文化を醸成する、また、同時に、職場のヘルスプロモーション文化の醸成がワクチン接種率を上げるというポジティブな連鎖を作ることが使命だと感じています。

白い巨塔の中でのみ存在意義のあるアカデミズムに偏らず、日々を生きる社会人がよりイキイキする職場を作るためになにができるか、を今後も考えていきたいと思います。


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