第②位 アセトアミノフェンは心の痛みも抑制する

アセトアミノフェンは1873年にアメリカで合成され、1955年にアメリカで市販が開始された鎮痛剤で、日本では市販薬のタイレノールや処方薬のカロナールがなじみがあるでしょうか。


欧米ではよく使われる薬ですが、日本ではNSAIDsのほうが圧倒的に処方数が多いです。2011年に保険適応の上限値が引き上げられたことでより使いやすくなり、臨床使用がしやすくなりましたが、その変更を知らない医師も多いというのが実際のところです。 麻酔科領域でも2013年の静注剤の発売から、かなり頻繁に使用されるようになっています。


古くてメジャーな薬なのですがナゾに包まれているところも多い不思議な薬です。

ところが、このアセトアミノフェンの服用が、痛みを軽減するだけでなく、他者が経験する痛みに対する共感能力をも低下させる可能性があることが、『Social Cognitive and Affective Neuroscience』に掲載された米国の研究で示唆されました。


その効果は人の社交性において「懸念材料」になる、と著者らが述べているのはそのとおりですが、アセトアミノフェンを処方する理由になる慢性疼痛の症状の一つとして、失感情があることを考えると、不思議なアセトアミノフェンに更に不思議が追加します。


慢性疼痛と失感情症、そして生活満足度についての関係は久山町の疫学研究に新しいので、ご参照ください。


失感情だけでなく、痛みは抑うつや不安、破局的思考と大きく関連しており、当然ですが、心と体の痛みは別々ではないことを思い知らされます。


いつもしつこく示している「バイオ/サイコ/ソーシャル」はどんなときにも常に絡まり合い、影響し合っているので、体の痛みを解決することは、心の痛みや社会の痛みを解決することにつながるはずです。

ところが、もし、痛みと同時に他人への心理的共感がなくなるとしたら、それは社会的に健康だとは言えそうにありませんね。

薬に副作用があるのは当然ですが、かなりゆゆしき効果です。


本研究では元気な大学生を対象に幾つかの試験を実施しています。

大学生をアセトアミノフェン摂取群とプラセボ群に分け、さまざまな悲しい場面または悲痛な場面において他者が経験する心の痛みの程度を評価するよう指示したところ、摂取群が他者の悲しみと悲痛の程度をより低く評価しました。

大きな騒音が他者にとってどの程度不快かという質問に対しても、摂取群が不快さを低く評価しました。

そして、社会的排除が含まれる場面で排除された人の気持ちがどの程度傷ついたかについても摂取群は、排除された人を心配する度合いが低かったのです。


人が痛みを経験する時に活性化される脳の部分と、同じ状況にいる他者の気持ちを想像する時に活性化される脳の部分が共通することがわかっていますが、それが今回の結果を説明できるわけではありません。


今回の研究ではどちらかというとネガティブな感情(不快・悲痛)ですが、ほかの複数の研究でもアセトアミノフェンと、肯定的感情(喜びなど)の鈍化との間の関連性が指摘されています。

また、内容はネガティブでも、共感、他者を慮るという感情は非常に社会的健康に関連することです。

悲痛や不快ではないよりポジティブな提案を社会に向けてできるとか、心配は低くてもサポートは高いという結果ならよいのですが、なんともいえません。


痛み止めにはいろいろな種類がありますが、たとえばオピオイドは実際に痛みのある人が使う場合、有害な副作用が出づらくなります。

薬剤はすべて、効能のために開発されているものなので、痛い人にとってどうなのか、ということが重要になると思います。

今回は痛くもない人に痛み止めを飲ませているという点が、一番、意味がないかな~と思います。


もし、慢性疼痛で失感情が進んでいる人が、鎮痛剤の服用で更に周囲に無関心になったり、非共感的になったりしたらそれは問題だけれど、不安や抑うつの呪縛から解き放たれるという意味では情動の抑制に期待できるかもしれません。


痛みはそもそも不快な情動なので、痛み止めが気持ちを左右するのは十分にあり得るし、SSRIやSNRIなどの抗うつ薬は実際に痛みの治療にたいへん効果があります。 痛みを感じるのは脳ですからね。


SSRIといえば、心血管イベントを増やさないことを示す研究も最近、出ました。


気持ちの安定も大事ですが、そのために飲むお薬が命に関わる発作を招いたらたいへんですものね。

この研究では増やさないことがわかったわけですが、減らす可能性もあるのでは、と思えます。