医療広告ガイドラインには、医業や診療所では、文書その他いかなる方法によるを問わず、何人も次に掲げる事項を除くほか、これを広告してはならない。として、計13項目を定めています。
それは、
医師又は歯科医師である旨
診療科名
病院又は診療所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項並びに病院又は診療所の管理者の氏名
からはじまり、診療時間とか、専門医とか、紹介先の病院とかの項目です。
これらの項目以外の、「うまくて安くて早い!」とか、「絶対痩せる!」とか、「美人が診察!」とか、客観的に確認できる事実ではない売り文句がNGなのは、言われなくてもそーでしょーよ、と納得できます。
ところが、この12項目のうち、「2. 診療科名」にのみ、 客観的な確認方法がありません。
この「診療科名」は「標ぼう(榜)科(看板に診療科として書いていい科)」という項目で、標ぼうには特に認定制度等のルールがなく、医師であれば、誰でもなんでも自由に標榜していいという大前提があります。
そのルールが適応されない唯一の診療科が麻酔科医ですが、私は国家資格である麻酔科標榜医を認定されているので、文字通り、なんでも好きな診療科目を標ぼうできます。
先日、FBで勝俣先生が、自由標ぼう制について、「日本は世界にまれにみる自由標ぼう性を認めている国です。自分の専門外の科でも、勝手に標榜してしまうというものです。~~」と投稿しているのをシェアしました。
つまり、世界の他の国とは異なり、日本の医師は、自分の診療科について、好きに名乗っていいという意味です。
そもそも、その事実を、日本の皆さんは知っていますか?
医者は院長ひとりしかいないのに、たくさんの診療科の載っている医療機関の看板を見たことはありませんか?
むしろ地元のクリニックで、単一診療科しか記載されていない看板を探すほうが、難しいのではないでしょうか?
これが世界に稀に見る、「診療科の自由標ぼう制」です。
さすがに「何でもやる科」や「美人女医科」、「ブラックジャック科」などを見ないのは、冒頭の医療法を守るためのマニュアル的な医療法施行令で具体的に標ぼう可能な診療科名が定められているからです。 最新の改正が2008年で、2015年開業の心陽クリニックはこちらに従いました。
つまり、標ぼうは自由だけど、その具体的な表現に自由はない、ということです。
平成18年の医療法等改正の趣旨にかんがみ、患者や住民自身が自分の病状等に合った適切な医療機関の選択を行うことを支援する観点から、広告可能な診療科名の改正を行ったそうで、具体的名称を限定列挙して規定する方式を、身体の部位や患者の疾患等、一定の性質を有する名称を診療科名とする柔軟な方式に改めたということです。「内科」「外科」は、単独で診療科名として広告することが可能であるとともに、従来、診療科名として認められなかった事項である (a)身体や臓器の名称 (b)患者の年齢、性別等の特性 (c)診療方法の名称 (d)患者の症状、疾患の名称 について、規定する事項に限り「内科」「外科」と組み合わせることによって、新しい診療科名として広告することが可能である。「精神科」、「アレルギー科」、「リウマチ科」、「小児科」、「皮膚科」、「泌尿器科」、「産婦人科」、「眼科」、「耳鼻いんこう科」、「リハビリテーション科」、「放射線科」、「救急科」、「病理診断科」「臨床検査科」についても、単独の診療科名として広告することが可能である。という内容ですが、それ以外の名称も目にするよな~というのが現実です。
「患者や住民自身が自分の病状に合った適切な医療機関を選択することを支援する」という観点は、めちゃくちゃステキだとは思うんですけど、そのための制度が表現は不自由だけど標ぼうは自由、という現在のかたちに落ち着いた意図は、全然、意味わかりません。
たとえば「性病科」は標ぼうしてはいけなくて、新しく「性感染症内科」が認められたんですけど、おそらく、性行為についても外性器の異常についてもオープンに誰かに相談しにくいこともあり、「性病科」って検索するんじゃないかと思います。婦人科かな? 泌尿器科かな? 内科じゃないよな? 性病科なんてないよな? という期待を込めた逡巡の先に「性病科」があるような気がするので、性病科でいいと私は思います。「性感染症内科」なんて検索する人いますかね?
前述の勝俣先生は、自由標ぼう制のせいで、専門性のない医者の金儲けのためのインチキな診療や営利行為が可能になることを危惧されています。同じように◯◯教授の中にはお金で買えるものもあり、一般の方は騙されやすいと感じます。
自分の不調をできるだけ専門性の高い先生に解決してもらいたいと考える気持は良くわかりますが、それならなおさら、日本の標ぼう性は原則自由で、専門性とは完全に無関係であると知ってください。
FBで書いたとおり、皆保険という国家特有の制度にもかかわらず、義務教育で医療制度や受診スキルを学ばないので、医療資格の悪用が横行しているのだと私は思います。
同じ理由で、多くの、必死に働く医療従事者への誹謗中傷が絶えません。
標ぼうを制度化するのなら、悪徳医師をくじき、誠意ある医療従事者を支援するかたちにしてほしいものです。少なくとも国民に「標ぼう科と専門性は関係ない」ことを大々的に告知し、不自由な標ぼう名称の限定を継続するなら、非典型的な標ぼうをしている医療機関を厳しく罰するべきです。
ただし、本当に患者の受診支援のためにわかりやすい標ぼうをしている医療機関の何が悪いのかわかりません。とはいえ、反対に悪くないならどうして不自由な標ぼうを続けさせられるのかもわかりません。
「睡眠」も標ぼうが許されていない単語の一つです。
ちなみにこちらは東京女子医科大学病院の「睡眠科」のホームページです。
「当科は睡眠障害を専門とする診療科です」と書いてあるので、誰にでも理解できます。
睡眠に課題を感じて「睡眠科」と検索して、このページを見つけて受診して、なにがいけないのでしょうか。
睡眠に困っている方々は、「睡眠外来」、「睡眠センター」、「睡眠クリニック」と検索するのではないでしょうか?
医師が臨床診療上、または基礎研究上の専門性を習熟するには非常なコストがかかりますので、一人の医師が複数の専門性を習熟するのは不可能とは言いませんが、簡単ではありません。
ちなみに日本の専門医制度は、専門性ではなく専従性を評価しています。それはそれでよいのですけれど、標ぼう科も専門医制度も専門性の習熟と直結しないことが、特に非医療者であるユーザーに周知されてほしいと思います。
自由標ぼう制をやめることが唯一最適解だとは言い切りませんが、「標ぼう」と【専門性】、【スキル】や【情熱】が独立因子だという事実は、もっと浸透してほしいものです。
先日、FBで、長野県佐久市立国保浅間総合病院の「スマート外来」を紹介しましたが、このように専門外来にはユニークな名前をつけている医療機関が数ありますし、医療法にも抵触しないようですから、この方法で患者の医療機関選択を助ければ十分ではないかという気がします。
「美人女医外来」や「ブラックジャック外来」を検索したところ、子供の医療者体験を「ブラックジャックセミナー」と名付けている企画がいくつかありました。
さきほど「睡眠科」の例を出しましたが、現在のところ、「睡眠科」という標ぼうは国に認められていません。
そこで、2023年2月17日、第211回通常国会衆議院予算委員会において、睡眠議連の古川元久先生が、睡眠科の標ぼうを認めるよう質問しましたが、加藤勝信厚生労働大臣の返答は渋かったです。
日本睡眠学会も睡眠科の標ぼうを目指しているようですが、睡眠科の標ぼうが許されることで、本当に国民の睡眠衛生が増進するのでしょうか。
下のグラフは、サノフィ・アベンティス株式会社が2011年8月、睡眠および不眠に対する意識や行動の実態を把握するため、日本、米国、仏国の3国において 30 歳以上の成人合計 6,973 人(日:3,282 人 米:1,725 人 仏:1,966 人)を対象に実施したインターネット調査の結果です。
【不眠の改善に良いと思う診療科(複数回答)】の選択肢は、「睡眠外来・不眠症外来」、「かかりつけ医(内科)」、「精神科・心療内科」、「その他」、「わからない」です。
かかりつけ医制度を義務化しているフランスでは7割近くが、米国でも半数近くがかかりつけ医を選択していますが、日本のかかりつけ医には信用がありません。
「睡眠外来・不眠症外来」という選択肢があったので、日本でも選択した回答者はいますが、なかったら、睡眠外来を想定してその他を選択したかどうかは疑問です。
一方、米国やフランスでは精神科・心療内科という選択肢に疑問を感じた人が多かったのではないでしょうか。睡眠でなぜ、精神疾患専門科? かかりつけ医に行かないの??ってね。
実際に精神療法で解決する睡眠障害はむしろまれでしょう。
睡眠薬の処方は精神科にしかできないから、という誤解も日本では多いですね。麻薬のように特別な免許が必要な処方もありますが、睡眠薬は眼科でも耳鼻咽喉科でも処方できます。とある研究では大学病院の睡眠薬処方科第一位は、整形外科でした。患者の年齢層も高く、「痛い」「眠れない」の声が多いのでしょうね。
少なくとも現行の標ぼうルールでは、多くの日本人が不眠症状がった際の受診先を「わからない」と感じているようですね。それでも、睡眠外来・不眠症外来という選択肢には票が集まりました。これは標ぼう許可がないし、現在、睡眠学会が検討しているのも「睡眠耳鼻咽喉科」のような標ぼう名のようですから、あまり受診支援になるかどうかわかりませんね。
睡眠だけでなくあらゆる専門性と受診者をマッチングするためには、標ぼう制度そのものを廃止して、「◯◯外来」という表現で受診者に診療の得手不得手を伝えていけばよいのではないでしょうか。
治療関係って、結局はマッチングで、専門性より人間性のほうが大きいです。何科のトレーニングを受けてきていても少なくとも医師であれば、患者との情報の非対称性の上流にいて、コネクトできる適切な専門家の数も多いわけだから、まずはかかりつけ医とかかりつけ患者がマッチングして、必要に応じて、専門家にリファーしていけばいいでしょう。
たとえば心陽クリニックなら、「働く人のための外来」、「オンライン外来」、「睡眠外来」、「生産性を高めます!」、「勤務先企業とのコミュニケーションを取ります」、「医療制度を教えます!」、「持続可能な健康知識を授けます」、「事務手続き苦手です、ごめんなさい」などと表記したいですね。
「ラグビー部出身」とか、「学生時代、全国の山に登っていたので、転院先の紹介も任せてください!」とか、「漢方を中心に処方します!」とか、人となりを伝えるメッセージのほうが標ぼうする価値がありますよね。最近では、SNSなどで特色を伝えるクリニックも多く、素敵なことですよね。
ストレスチェックの制度化当初、身体科(精神科以外を指す表現)出身産業医の多くが、「メンタルヘルスは専門じゃないから、高ストレス者面談をしたくない」と駄々をこねる社会現象が起こりました。
それなら法定健診結果による就業判定も出身科によって制限されてしまいます(笑)
産業医は産業保健の専門家で、そのための認定を受けている、いわば産業医標ぼう医なのですが、産業医の多くが標ぼう制度も診療制度も産業保険制度をよくわかっていないことを反映するエピソードです。
人間はひとりひとりちがうし、同じ人間でも時と場合によって求める相手は異なります。
コラム【ただの人にならない「定年の壁」のこわしかた】で示したように、「あなた」にとっての「最適な伴走者」を見つけようとするときに、標ぼう科はたいして当てにならないことを、知っておきましょう。
人間同士の関係だから、人間同士として接して、ともにありたい人にめぐりあういつもの方法で、伴走医とマッチングしてください。
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