総合スーパー等小売事業の株式会社平和堂の統括産業医である河津雄一郎先生に教えていただいた、先生も共著者として参加している研究が、とても興味深く、感心しちゃったので、勝手にシェアします。査読論文は、引用元をきちんと示せば、著者に断る必要はありません。この論文はオープンアクセス(論文作成者が投稿時に費用を負担して、無料でみんなが読めるようにしてくれている状態)なので、ぜひ、読んでみてください。
論文に記されるように、血圧が高い状態を放置しておくと、寿命も、健康寿命も短くなり、全死因死亡率、脳心血管イベントリスク、医療費などなど、アンチ健康な因子は上がることがわかっています。
それなら下げればいーじゃんなんですが、お示しした図の通り、健康診断で要治療と診断された方の56%しか受診していず、そのうち半数未満の、全体の27%だけが、収縮期血圧140mmHg未満かつ拡張期血圧90mmHg未満で、高血圧の定義を脱しています。とはいえ、収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満という理想的な血圧値になってはじめて、様々なリスクを下げることに成功するので、本来はその状態を血圧のコントロールが良好だといいます。
この研究における血圧コントロール良好の定義も、上の高血圧症ガイドラインから引用した図と同様、収縮期血圧140mmHg未満かつ拡張期血圧90mmHg未満です。
年齢が高くなるほど、高血圧症の有病率も上がりますが、そのうちの治療率も上がります。ちょうどこの全年齢における分布は、60代と同程度で、この論文には、働きざかりの40代では有病者のうちの治療率が男性で27.9%、女性で32.3%であることを示した研究が引用されています。
血圧のコントロールには内服が必要です。日本は皆保険制度で誰でも受診ができますが、自費であれ保険であれ、無診察処方は認められていません。
また、これも論文で指摘されるように、日本独自の高血圧症治療ガイドライン(2019年改定)によって、健診で指摘され、初診時に診察室内で高血圧があっても、低リスク高血圧では3ヶ月、高リスク高血圧ですら1ヶ月の生活習慣改善で降圧の効果を見ることが推奨されています。 そのため、多くの医師が、「まずは1ヶ月、生活習慣を整えて、血圧を測って、様子を見ましょう」と伝えてしまいます。
私はこの初診のやり取りが、忙しく働く人の血圧コントロールがつかない諸悪の根源だと思っています。 患者はほぼ全員、ガイドラインを知りませんので、会社に「受診しろ」とうるさく言われてわざわざきたけど、待たされた挙げ句、医者には「大丈夫、薬を飲むほどではない」と言われた、むしろ、「なんでこんな程度で受診なんかしたの?」と呆れられたと勘違いしてしまいます。
もちろん、本当に生真面目に1ヶ月血圧を測って受診する人ほど、白衣高血圧である場合が多いのは事実です。生真面目に従いそうな方には、そのようなやり取りもよいでしょうが、仕事が忙しそうな人には、経過観察の意味をもっとていねいに説明するとか、ガイドライン上はこうなんだけど内服開始してみようかと提案するとか、より柔軟に対応したいですね。ガイドラインはあくまで手引であり、法律ではありません。
診療する医師は、患者の社会的背景や価値観についてもよく問診し、患者が適切な行動を続けられるよう導きたいですね。
同時に企業は健診有所見者への受診勧奨の際、ガイドライン上、こういうことを言われるけど、それは終診宣言じゃなくてむしろ診療開始の宣言であり、数ヶ月数回通った後、「来年の健康診断まで、生活習慣に注意して血圧測定を続けてください、それまでは受診は不要ですが、来年の健康診断結果で同じ項目が有所見だった場合は、また、受診してくださいね」と言われない限りは、ちゃんと通ってください、と受診指導をしていただきたいです。
この受診指導が非常に重要で、薬を飲みたくないという気持ちがあれば、それも医者に伝えてくださればいいんです。それこそ、高血圧症患者は内服しなければいけないと法律で決まっているわけではありません。それでも赤の他人の医者が薬を出すのは、当人にとって医学的には明らかに利益があると思っているからです。ただし、医者の提案はあくまでも専門家の意見の一つにすぎず、上司の命令や法律とはわけが違います。医者の提案と自分の価値観やライフスタイルをすりあわせて、専門家である医者を自分の理想のウェルビーイング形成のために利用するつもりでディスカッションして、最適解を探し出せばいいんです。
さて、研究に戻りますと、2004年の健康診断で高血圧(収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上)であった35歳から56歳の従業員のうち、2013年の健康診断を受けた人で、その間、9年間の外来受診頻度をレセプトで追うことのできた518人を対象としています。
ここで驚いたのは、2004年に健康診断を受けて2013年に受けていない、つまり何らかの理由で職場を離脱した人が極端に少ないことです。きっとすごく居心地の良い、働きやすい職場なんでしょうね。
考察では「Healthy Worers' Effect」に触れていますが、私は、Healthy Worers' Effectって産業保健においては、胸を張っていいことだと思います。
全体の年間外来受診回数の中央値は9.4回でした。だいたい毎月受診しているけど、年に数回、忙しい月はスキップするという感じでしょうかね。
518人を受診回数順に並べて、4群に分けると、最も受診回数が多かった群は年に15.6回以上、最も少なかった群では4回以下でした。当院にも3ヶ月に1回群がいるので、少ない受診回数の患者ほど、しっかり診ないとな、という意識にもつながりました。
最も受診回数が多かった群を基準として、性別、年齢、BMI、喫煙習慣、飲酒習慣、高コレステロール血症の有無、高血糖の有無、尿蛋白の有無による影響を複雑な統計計算で排除した結果、全体では、最も受診回数が多かった群に比べて、最も受診回数が少なかった群は4.03倍、そして、2004年には降圧治療をしていなかった者だけで比べると最も受診回数が多かった群に比べて最も受診回数少なかった群は4.76倍も、2013年に有意に高血圧のままだったんです。
病院に行けば治るわけじゃないと言う人がいますが、この結果が示すところは、病院に年に4回以上行かないと、15回以上行った人に比べて、治らない可能性が4倍以上高まるということです。
しかもこの研究では、すべての医科の外来受診(歯科と入院は除く)が対象なので、高血圧症の治療に限らず、皮膚科でも眼科でも婦人科でも、受診した回数が血圧のコントロールに影響したということです。
考察ではこの点に、「限界(研究としての妥当性が危ぶまれる部分)」として触れているのですが、私はだからこそいいと思っています。
まさに河津先生がよく、ご講演で医師法第一条第一章に触れられるのですが、そこには、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。診療科を問わず、医療機関にアクセスしてくれたなら、私たちは医師として、皆様を適切な診療科に案内します。
期間を最初の5年間と後半の4年間で分けてみたところ、最初の5年間では、最も受診回数の少ない群が2.17倍、かつ2番目に受診回数の少ない群も2.04倍、有意にリスクが高く、後半4年間では最も受診回数が少ない群が4.6倍ハイリスクでした。
最初の5年間は受診回数少ない群であったのに、後半の4年間で多い群に変わった方も多かったということです。もちろん、できるだけ早く、できるだけコンスタントに、治療を継続することが好ましいけれど、ベストなタイミングで治療を開始できなかったからといって、治療を始めるのに遅すぎるなんてことはない、いつでも絶対に、始めたほうがいいってことです。
血圧は主に血管イベントを避けるために下げているので、今日までイベントがなかったら、勝ち組です。今日から治療を始めれば、それでいいんです。
考察で示される通り、外来受診の回数は多分に本人のキャラクターに依存します。それは医師も企業も関与できないところですが、少なくとも一度は受診してくれた患者のキャラクターをできるだけ見極め、もう一度、受診したくなる、定期的に受診したくなるナッジをするのは医者のつとめでしょう。一度も受診しない従業員に対しては医者は手の施しようがないので、会社で受診教育を行い、受診のメリットを強調してください。
他に、受診を決める因子としてアクセシビリティが上がっていましたが、これは、現在、心陽が取り組んでいるVIC:バーチャル企業内診療所が、解決策のひとつになると考えています。企業がオンライン診療クリニックと提携し、生産性を高める受診を支援するしくみです。
健康診断結果で受診勧奨されて受診しない理由として、「どの診療科を受診してよいかわからない」という声が大きいです。この研究によると、どの診療科でもよいので、受診することに意味がある、ということになります。この研究では歯科が除外されていますが、歯科に定期的に受診している人ほど、すべての医療費が将来、安くなるということが別の研究でわかっています。どの診療科に行っていいかわからない、自覚症状もない、長時間待つのも嫌だ、ということでしたら、素敵な歯科クリニックを予約してください。
歯科クリニックなら、「なんで来たんだ?」みたいな態度をされることはありません(医科クリニックでも、あってはいけないんですが・・・)。「上手に磨けていて、虫歯もありません。クリーニングしておきましょうね」と優しくケアしてもらえます。この人なら、と思ったら、「健診で高血圧って言われちゃって・・・」と相談してみてください。
全国の歯科医療機関は、ぜひ、そんな迷える働く人々のために、医科医療機関につないであげてください。
もちろん、歯科医師法の第一章第一条は医師法のそれと同じです!
みんなで国民の健康な生活を確保しましょう!
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