誰のため、
何のための
健康経営なのか?
真に結果を出す健康経営
健康経営とは、従業員の人的資本に投資して、組織が投資額を上回るリターンを得ることです。リターンの多い健康経営施策ほど評価されるべきです。しかし、健康経営施策のKPIを、健診有所見者割合を減らすとか、喫煙率を減らすとか、ROIとは無縁の尺度に設定している企業が非常に多いです。
プレゼンティーイズムを下げる施策
プレゼンティーイズム(Presenteeism)とは、従業員が100%のパフォーマンスを出せないことで発生するバーチャルコストです。たとえば、睡眠不足による眠気で、いつもの8割のパフォーマンスしか出ないとき、100%のパフォーマンスで通常通り勤務した場合に期待できる企業への貢献のうち、2割が損なわれます。
一方、アブセンティーイズム(Absenteeism)とは、従業員が欠勤することで発生するバーチャルコストです。企業としては、従業員が出勤しないことで節約できるコストもあり、従業員は療養によって100%のパフォーマンスを回復することが期待できるので、プレゼンティーイズムと優劣はつけられません。
たとえば、2時間遅刻して、2時間長く睡眠を取り、睡眠負債のない状態で100%のパフォーマンスを出して6時間働いてくれれば、80%で8時間勤務するより損なわれるコストは少ないのです。100%のパフォーマンスの体調でしか出勤しない従業員は珍しく、80%なら休もうとすら考えないのが一般的です。そのため、図のように全体としてのコストはアブセンティーイズムよりプレゼンティーイズムのほうが圧倒的に高くなるのです。
這ってでも来いとか、陽性証明を出せとか、休みにくい職場環境を形成してしまう理由が、アブセンティーイズムを下げるためだとは思いませんが、総コストを削減したいのなら、アブセンティーイズムや医療費を人的資本投資して、プレゼンティーイズムを下げるほうが賢い戦略です。
プレゼンティーイズム原因第2位の睡眠不足は、睡眠時間を伸ばすことで解決できます。企業としては、眠気があるのに出勤することを禁止し、11時間以上の勤務間インターバル制度を設けると同時に、睡眠リテラシーを与えて、従業員が勤務間インターバルを睡眠に当てるようなNORMを形成することで対処できます。そのためにきちんと生産性に響く睡眠セミナーの実施、睡眠を可視化できるスマートウォッチの配布、睡眠健診の導入などに投資することが、健康経営です。施しのように高額なスマートウォッチをただ配って、それでヨシと思っていたら、リターンは得られません。高額な施策を採用する背景にある経営者の本気を見せてこそ、従業員はついてきます。
そして、正しい睡眠によって、第1位から14位までのすべての疾病や症状が軽快、緩和することがわかっています。単純な臥床時間不足ではなく睡眠時無呼吸症候群のような睡眠障害による睡眠不足はCPAPやOAなどの治療によって解決します。CPAPの診療費用の自己負担額は1月4000円程度、OAは1万数千円でずっと使えます。高血圧症やアレルギーにも内服が有効で、1月あたり500円程度から高くても数千円です。
多くの企業は健康診断の結果に応じて当たり前に受診勧奨をします。それは、非医療機関にできないことは医療機関で診療したほうがよいと考えているからでしょう。しかし、医療機関を受診し、慢性疾患をコントロールし、プレゼンティーイズムの拡大を防いでいる従業員を評価している企業は少ないです。また、睡眠やダイエットなどの健康経営施策のほとんどが、要治療者を除外しています。リスクの大小のみを評価し、本当に病気な人は病院に行ってくださいと言わんばかりですが、図のように、本物のポピュレーションアプローチは、4.28%の要医療の従業員を含みます。普段からしっかり医療にアクセスしている従業員のほうが、将来にわたり、プレゼンティーイズムもアブセンティーイズムも医療費も少ないことがわかっています。
これからの健康経営には、従業員に受診教育を行い、自己保健義務を果たして医療にアクセスし、企業に貢献する従業員を評価する姿勢が必要です。