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2022年5月16日 ヘルステック戦略検討会 「我が国のデジタルヘルス推進に向けて」

【演題】企業がヘルスケアDXでリードする心理社会的集団免疫の獲得

【演者】

石田陽子(いしだようこ) email: yoko@shiny-o.co.jp  電話:03-6801-6160

麻酔科標榜医、労働衛生コンサルタント、産業医、公衆衛生学博士(社会疫学・産業保健)
株式会社心陽 CEO(ヘルシーカンパニー経営コンサルティング)、心陽クリニック院長

【要旨】

「ヘルスケア」を定義とする、「公衆衛生」と「医療」は、全く別物です。医師など「有資格専門職」が、「公的認可医療機関」に所属して、「複雑な制度や規定」に則って、「個人」に対して行うのが医療です。一方、公衆衛生は、「集団の管理者に対して、その集団に属する人々の健康増進、疾病リスク低減(予防)、生活支援のために、組織経済的な実行の妥当性を示し、具体的な施策提案、計画、実行、評価を行う」コンサルティングで、医療のように厳しい限定条件はなく、誰でもいつでもどこでも参入できます。「集団の規定」が唯一のルールですが、SDGsが対象とする「未来を含む地球全体」のように広範囲でもよく、規定の様式は自由です。あらゆる企業に、マーケティングスキルを活かして対象を明確に規定した、自由度の高い公衆衛生視点のヘルスケアDXサービスが求められています。
 公衆衛生家である私の専門分野は、集団を企業に規定して、労働者の安全と健康を守る「産業保健」と「社会疫学」です。社会疫学は、健康格差解消を目的に、『健康の社会的決定要因:SDH』を、疫学的に解明します。社会疫学の第一人者で私の師匠、ハーバード大学のイチロー・カワチ先生は、『いのちの格差は止められるか』(小学館101新書)で、日本が世界に誇る寿命の長さを、日本特有の絆の文化と関連付けています。社会疫学の知見によって、人種や性別などの個人要因ではなく、文化や風土のような集団の心理社会的な性質が、集団に所属する個人の健康に影響することがわかってきました。集団内の個人の好行動増加やリスク行動減少などの傾向によって、リスク行動を選択する個人を含めて、集団に属する全員が健康になることがわかってきました。この効果を私は、『心理社会的集団免疫』と呼んでいます。最近では新型コロナウイルス感染症報道によって、一般に知られるようになった集団免疫とは、集団内の一定割合以上の人が免疫を持つことで、社会全体が感染症から守られる状態です。本来は生物学的な用語ですが、似たように間接的な効果が、心理社会的な場面でも認められるのです。当日は、社会疫学研究が科学的に証明した心理社会的集団免疫の具体例を紹介します。
 組織内の心理社会的な環境改善や従業員の適切な行動変容を可能にするナッジ・テクノロジーの開発は、理想の企業向けヘルスケアDXだと考えます。対象を企業と規定することで、法定産業保健と健康経営の実践として、サービスを自社内で実証実験できます。部署単位の導入から全グループへの展開やコラボヘルス、企業発信の科学的エビデンスの樹立など、可能性は大いに広がります。
 医療費や罹患率による効果判定や企業内健康データの利用には、高度な分析と結果の可視化に費用と時間がかかります。手頃な要配慮個人情報匿名化DXや医療費削減短期効果を検出できるAIデータサイエンティストなどの開発は、企業向けヘルスケアDXビジネスの世界を大きく飛躍させるでしょう。それらの登場までは、科学的エビデンスと社会的奨励のあるサービスを選択し、プログラム参加率、アブセンティーイズムやプレゼンティーイズムの減少、エンゲージメントやモチベーションの増大といった、短期間で効果の出るアウトカムを設定することが現実的です。

 

【事例】企業内プログラムとして、オンライン診療を利用した当社の取り組みを2例、紹介します。

 

①    VIC:Virtual In-House Clinic(オンライン診療特化型企業内診療所)による血圧管理プログラム
経年の法定健診結果を利用して受診勧奨と診療情報共有、健診受診から業務時間中のオンライン診療受診、社内デスクでの処方薬受け取りまでを、一気通貫で行う、治療就業両立支援プログラムです。服薬等の治療アドヒアランスは、上長が業務中に管理し、同一疾患治療中のピアサポートグループで治療効果を高めます。血圧測定は容易な健康好行動で、社内食堂のポピュレーションアプローチと組み合わせても有効です。法定健診血圧項目の有所見率は18%、全国の要治療高血圧症患者のうち、治療を継続して適切な降圧を維持しているのは、わずか27%です。高血圧症は生活を脅かし、要介護や死亡の原因となる、脳卒中や心筋梗塞等の心血管イベントを確実に予防しますので、医療費削減や休・離職抑止に長期効果が期待できます。業務時間中の受診や自己負担額給与天引によるコスト削減、血圧測定、治療開始及び継続などの健康行動変容については、短期効果が確認できます。

 

②    スリープドック・オンライン診療・個別行動変容ガイドラインによる生産性向上プログラム
スリープドックによる睡眠衛生レベルの結果とオンライン診療から、個別作成された行動変容ガイドラインとオンライン認知行動療法で、従業員が自律的に睡眠衛生を増進するプログラムです。睡眠はエッセンシャルな生命活動なので、従業員がどんなに多様化しても、絶対に全員に必要です。その上、文化や性格等の心理社会的な多様性によって影響を受けにくいことから、職域のヘルスプロモーションにとって、最高のテーマです。睡眠と心筋梗塞、がん、うつ病など心身の健康の関係や、睡眠と生産性、安全など社会的な健康の関係などが、膨大な先行知見で証明されています。スリープテックを用いると、自宅でできる簡単な検査で客観的に睡眠の全貌を明らかにしたり、無自覚の生産性損失を定量したりすることができます。単純に睡眠時間を伸ばすだけで驚くべき健康増進・生産性向上効果がありますが、プログラムによって睡眠障害の検出や科学的な説得力という利点が加わります。

【まとめ】

ヘルスケアDXは、複雑化するSDHという社会課題解決に不可欠です。ヘルスケアDXは、日本が世界経済を牽引する分野のひとつです。そして、ヘルスケアDXは未来を含む全地球人の生活を支援して、SDGsに貢献します。医療より公衆衛生、心理社会的集団免疫の獲得、労働者世代の生物学的特性に向けたBtoB、専門家の利用などのヒントから、各企業の多様な強みを活かす斬新な開発が生まれ、ヘルスケア領域をDXビジネスで席巻する日を期待しています。

【参考】

ご意見、ご質問等、いつでもお待ちしております。石田陽子
 

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