眠くないなら、だいじょうぶ? 【眠気と生産性の関係】
私、眠くないから、だいじょうぶ😀
こんなセリフはまったく信用できないよという話をしたいと思います。
まず、眠気をつくる大まかに2つの機構について説明します。
おおまかに2つあるよ、という、Borbély(ボルベーリ)の「睡眠調節二過程モデル(Two-Process Model of Sleep Regulation)」は、睡眠医学の基礎理論として、非常に重要なモデルです。
Two-Process Model of Sleep Regulation
人間の睡眠は、
起きていた時間に応じて増加する睡眠圧(Process S)
と、
体内時計による概日調節(Process C)
の相互作用によって制御されます。
1982年にAlexander Borbélyが提唱し、
1984年にDaan、Beersma、Borbélyが数理モデルとして発展させたもので、
40年以上経った現在も睡眠研究の主要な理論的枠組みになっています。
1. Process SとProcess C
Process S | Process C | |
|---|---|---|
正式名称 | Homeostatic process | Circadian process |
日本語 | 睡眠恒常性過程 | 概日調節過程 |
主な役割 | どれくらい睡眠を必要としているか | いつ眠りやすいか |
規定するもの | それまでの睡眠・覚醒履歴 | 体内時計の位相 |
主な生理学的指標 | NREM睡眠中の脳波徐波活動(SWA) | 深部体温、メラトニン分泌など |
特徴 | 起きている間に増加、睡眠中に減少 | およそ24時間周期で変動 |
Process S:睡眠圧の蓄積と解消
Process Sは、起きている間に増加し、睡眠中に減少します。
ただし、直線的に増減するのではなく、指数関数的な変化としてモデル化されています。
覚醒中は徐々に増加して一定の上限に近づき、眠り始めると減少し、特に睡眠初期には減少が大きいです。
Process Sは概念で、アデノシンなど特定の物質の濃度そのものを指しているわけではありません。
実臨床でもこういう数理モデルがあって、薬の効果部位なんてたいてい仮想なんですよね、そんな臓器はなくて、
そういう仮想の前提でバランスする数理、数学というものって、やっぱりエレガンスだな、と思います。
Borbélyは、睡眠中の脳波徐波活動(slow-wave activity:SWA)の変化から、この過程をモデル化しました。
したがって、N3の時間そのものより、NREM睡眠における徐波活動の強さがProcess Sの主要な指標になります。
アデノシンそのものではないけれど、アデノシンは睡眠物質の一つであることも事実です。
Process C:体内時計からの覚醒・睡眠タイミングの調節
一方のProcess Cは、基本的にその日何時間起きていたかとは別に、体内時計の位相に従って変化します。
視交叉上核(SCN)を中心とした概日時計によって、睡眠や覚醒に適した時間帯が作られます。
Process Cと同調する、すなわちProcess Cをコントロールするのが光と体温です。
このため、睡眠マネジメントでは光と体温を味方につけることが肝心です。
2. 2つの過程を1日の流れに重ねると
Process SとProcess Cが、1日の中で同じ方向に動くわけではないのはおもしろいです。
たとえば朝7時に起床して夜23時に眠る人は・・・
時間帯 | Process S | Process C | 起こりやすい状態 |
|---|---|---|---|
朝 | 比較的低い | 覚醒促進が強まる | 目が覚める |
日中 | 徐々に増加 | 覚醒を支える | 活動を継続できる |
夕方〜夜 | 高い | 覚醒促進も強い | 睡眠圧があっても眠気を感じにくい |
就寝時刻付近 | 高い | 覚醒促進が弱まる | 入眠しやすくなる |
夜間睡眠中 | 減少 | 概日位相も睡眠維持に関与 | 睡眠が持続する |
明け方 | 低下 | 覚醒方向へ移行 | 自然な覚醒へ |
3. 実は、21時の「睡眠禁止帯」を説明するのに最適!
夜になっても、体内時計(Process C)は単純に睡眠を促しているわけではないので、
溜まっていく睡眠物質とコンフリクトして、
むしろ、普段の就寝時刻の数時間前には、概日性の覚醒促進作用が強くなります。
これが睡眠禁止帯(Forbidden Zone/wake maintenance zone)と言われる時間帯です。
つまり夜、まだ眠くないなと感じたら、数時間後には眠りましょ、という合図なのですが、
私の印象ではこの睡眠禁止帯を感じられている働く日本人はいませんw
それどころか本来は睡眠禁止帯の時刻に、ソファーで寝落ちする群がいます。
DijkとCzeislerは1994年の研究で、体内時計と睡眠恒常性の寄与を分離して検討した結果、
私たちが日中、睡眠圧の蓄積にもかかわらず長時間覚醒を維持できることには、
体内時計による覚醒促進が重要であると示しました。
そういう機構がある理由は、私がいつも話しているとおり、
人間は睡眠と覚醒のどちらかしかできず、
睡眠中はとても無防備だから、
睡眠するためには、環境を整える必要があるからなのです。
大切な時間帯だからこそ、睡眠圧は溜まっているのに、体内時計が覚醒レベルを強めて、
ていねいに慎重に眠るための準備をしていくよう、促しているのです。
4. プロセスSは、ししおどし。プロセスCは、時計。
1984年のDaanらのモデルでは、
Process Sが上昇して上側の閾値(H)に達すると睡眠が始まり、
下降して下側の閾値(L)に達すると覚醒するという仕組みを採用しています。
まさにししおどし。
そして、この上限と下限は一定ではなく、概日リズムに伴って変動します。
5. 睡眠圧と概日リズムは、本当に独立しているのか?
二過程モデルは、元々、Process SとProcess Cを別の調節過程として扱いますが、
視交叉上核を損傷して概日リズムが失われた動物でも、睡眠恒常性は維持されることが報告されています。
一方、2016年のBorbélyらのレビューでは、
両過程が神経活動や分子・遺伝子レベルで相互に作用することも論じられています。
したがって、別の調節系として区別できますが、生体内で完全に独立しているわけではありません。
体温は、基本的にはProcess Cに関連する現象で、
Kräuchi、Cajochen、Wirz-Justiceらの2005年のレビューでは、
睡眠恒常性に関連する眠気の蓄積と、体温調節系との間には直接的な対応が認められない一方、
概日性の眠気や睡眠慣性には体温調節との関連があると整理しています。
放熱を介した体温調節は入眠を促進する生理的機構にもなるので、
体内時計の指標としての体温変化と、睡眠開始に関与する体温調節作用も、さらに分けて考えたいところです。
6. 昼下がりの眠気も、このモデルで説明できる?
昼下がりの眠気は、単純な24時間周期の正弦波だけでは説明しきれません。
Monkら(1996)の研究によると、
午後に成績低下を示した群では、深部体温が10〜15時に本来の上昇傾向から外れ、
ほぼ横ばいになっていました。
昼下がりには、相対的に生理的な体温低下が発生する事が多いのです。
さらにこの体温低下の2時間前にランチを食べることが多く、
一度食事で上がった体温がもとに戻る勾配と一致して、眠気を感じます。
私個人の経験としては、以前は14時頃、昼下がりの倦怠をよく感じていましたが、
睡眠習慣を見直してからは、あまり気にならなくなりました。
一方、起床12時間後くらいからみるみるPVTパフォーマンスが低下するのは、毎日はっきりと自覚できます。
これは、Borbélyのモデルを使えば、次のように説明できるかもしれません。
以前 | 睡眠習慣を改善した現在 | |
|---|---|---|
Process S | 睡眠負債が残り、日中の睡眠圧が高め | 睡眠圧が十分に解消され、日中も低め |
Process C | 昼下がりの覚醒促進作用の相対的低下 | 同様の変化があっても、眠気への影響が小さい |
自覚する眠気 | 昼下がりに明確な眠気 | ほんのりした眠気、あるいはほとんど感じない |
実際に、夜間睡眠を延ばすと、昼下がりの眠気が減ったという研究もありました。
Horne, Anderson & Platten(2008),
Sleep extension versus nap or coffee, within the context of 'sleep debt'
健康成人20人に対して、通常睡眠、夜間睡眠の延長、短時間仮眠、カフェイン摂取を比較した研究です。
夜間睡眠を平均74分延長すると、午後のMSLTで測定される眠りやすさが有意に減少しました。
ただし、短時間仮眠やカフェインのほうが効果は大きく、PVTの改善は限定的でした。
さらにおもしろい研究として、
大学生を対象に、睡眠時間の下限を確保する群と、
それに加えて睡眠・覚醒時刻を規則的にする群を比較し、
4週間の介入によって、規則的な睡眠スケジュールを維持した群では、
睡眠効率と日中の主観的眠気がより大きく、持続的に改善しました。
Manber, Bootzin, Acebo & Carskadon(1996),
The effects of regularizing sleep-wake schedules on daytime sleepiness
これまで私は、昼下がりの眠気を生理的なものだと解説することが多かったけれど、
やはり昼下がりの眠気を感じる人の多くの背景には、睡眠不足があるようです。
生理的な理由だけの眠気であれば、コーヒーを飲んで、15分ほどすれば通り過ぎるでしょう。
横にならなくても、机に突っ伏して眠ってしまうような状態だとしたら、
睡眠不足を疑うほうがいいでしょう。
7. 生産性との関係は?

生産性(PVTパフォーマンス)と眠気には関係がありません。
ちなみに最も深いノンレム睡眠は睡眠圧に影響されやすく、体内時計はレム睡眠に影響しやすいです。
