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石田陽子 Yoko Ishida

エスカレーターとヘルスケア

エスカレーターの上で歩いて、自分以外の人を追い抜く人がいます。


というより、どのエスカレーターを見ても、追い抜かれる人より追い抜く人の数のほうが多いので、世の中には追い抜く人のほうが多いでしょう。


こういうネタに触れると、意地悪な人は必ず、「お前はエスカレーターで歩いたことがないのか」とか、「お前は人を抜かしたことがないのか」とか、責め立てますよね。

先に告白しておくと、恥ずかしながら、私はエスカレーターで歩いたことがあるし、なんなら駆け下りたことすらあります。人を抜かしたことも何度もあります。

それどころか、酒も飲むし、タバコも吸っていたし、全然痩せられないし、睡眠薬も飲んでいたし、睡眠時間も短かったし、夜中のラーメンも食べるし、ジョギングなんてしたことありません。

聖人君子の正義の警察として、皆さまを断罪するつもりはありません。

私のしくじりはさておき、あなたの未来が輝く素敵なシナリオを伝えたいのが、私たち医者のヘンタイなところです。


さて、私の大好きな漫画「茗荷谷 なみだ坂診療所」の主人公で医者の織田鈴香ちゃんは、ちょっと酒癖は悪いけど、私ほどのしくじりは犯しません。

鈴香ちゃんはいつもエスカレーターの右側(クリニックが茗荷谷なのでおおむね舞台は東京)にどーんと立って、ビシッと決めてくれます。

ときどき強面のおにーさんに因縁をつけられても、合気道の達人なのでエイヤッとやっつけちゃいます。


鈴香ちゃんってカッコいいなあ、うらやましいなあ、と思いながら、私には、右側に立つ勇気がありません。

だから、右側に立たない人の気持ちはよくわかります。

右側に立つには、圧倒的な意志の力が必要です。

右側に立てる人と比較して、意志の力が不要という点で、右側を歩いている人と左側で歩いていない人は、むしろ同類です。

私はそんな「左側で歩かない人」です。


こちらの記事では、都営線三田駅で日経ビジネスの女性社員がエスカレーターで歩いていたところ、不適切な態度でそれを咎められたというエピソードに触れています。

一時期、NECの産業医をしていて、都営三田線の三田駅を使っていましたが、改札の駅員さんが、それは感じよく元気に挨拶してくださるのが印象的な素敵な駅です。

エスカレーターで歩かないのがマナーだとしても、それをインモラルな態度で叱りつけるのが善だとは、私は思いません。

この記事は、検索上、なんとなく専門家が歩くのを推奨している風に見せているし、インタビュアーが斗鬼正一先生を歩くの推奨派に必死に誘導しているのですが、それを先生が静かに否定しているのがかっこいいです。


交流分析のカナダ人医師、エリック・バーンは言いました。

「人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」

私がこのコラムでも、日常診療でも、産業医活動でも、企業へのコンサルタントでも、言いたいことはこれだけです。斗鬼正一先生が言いたいのもそうじゃないかな、と勝手にシンクロニシティ。

せっかく変えられる自分の未来を、ベターにしたほうがいいじゃん、ってことです。


だから私は、エスカレーターで歩くやつを全員逮捕しろ!罰金取れ!なんて主張する気はありません。

ただ、歩くか歩かないかは、自分で決めていいんだよ、ってことです。


今朝も私を抜かしていく大勢の人を見ながら、ふと、これってヘルスケアというか、健康行動、健康リスク予防行動と似ているな、と思えたのです。


これは私の職場のエスカレーターで、真ん中は朝は上り、夕方16時以降は下りになり、階段は併設されていません。




先日、このエスカレーターで脇から従業員に追い越された太客がご立腹されて、リアルに大規模の損失があったそうです。健康リスクだけでなく、社会的なリスクもあるようですね。

今日も追い越しキャラがたくさんいましたが、名誉のため、ほとんど写っていない写真を選びました。

そのタイミングを待って、10枚以上撮りました。


写真の場合、私は真ん中の列の左側に乗ります。その理由は、万が一、転倒や転落があったとき、前の人と距離があるほうが事故に巻き込まれにくいかなと思うからです。

交差点で信号を待つ間、車道に近づきすぎないようにするとか、ホームで線路に近づすぎないようにするとかと同じようなリスク回避です。


製造メーカーによると、エスカレーターはそもそも歩くことを前提に設計されていないそうですが、歩いたからといって壊れることも考えられないそうです。

それでも歩かない前提の設備なので、業界団体は歩かないことを推奨しているし、それを根拠に条例として義務付けている地方自治体もあります。

会社のエスカレーターは従業員かお客様しか利用しないので、本来ならローカルルールを設定してNORMとして醸成し、歩かずに左右の幅を存分に使って安全に利用してほしいところですが、恥ずかしながら産業医の意見むなしく、こちらが現状です。とほほ・・・・・・


一般社団法人日本エレベーター協会の調査によると、2018年から2019年の2年間で協会が把握した事故件数は1550件で、15年前と比べて2倍以上に増えているそうです。


  1. 手すりを持たず転倒する(両手に荷物など)。

  2. 踏段の黄色の線から足をはみ出し、挟まれる。

  3. 踏段上を歩行し、つまずき転倒する。

  4. 手すりから体をはみ出し、挟まれる(ぶつかる)。

  5. 逆走して駆け上がり(又は駆け下り)、転倒する。


以上のような乗り方不良による事故が800件以上で52%ですから、手すりを持って、黄色の線の内側に静止して乗っていれば、事故に遭う確率を半分未満に下げられるというわけです。

私の気にしている巻き添えはわずか3%ですが、確実にリスク低減にはなります。


そもそも、エスカレーターで歩いて事故に遭う確率なんて、天文学的に低いと思います。2年間のうちのべ何人がエスカレーターを利用したかと考えると、分母は100億くらいになるのではないでしょうか?

まれな合併症ほど、その確率を論じる妥当性は低減しますが、仮に1億分の1.5だとしても、発症の可能性がある以上、対策したいと思うのが、医者のヘンタイ魂なのかもしれません。

1億分の1でも、1兆分の1でも、当人にとっては当たるか当たらないかの100かゼロ、All or Nothing です。


ちなみに私は、麻酔管理の数例目で10万に1例と言われる稀有な合併症に遭遇しましたが、準備していたので、対応できました。事前に、ありえる合併症として、説明もしていました。当時、実際には初めて遭遇したというベテラン医師たちがサポートしてくれました。麻酔科業界では、悪性高熱に当たった研修医として伝説化しています(笑)

備えあれば憂いなしの好例ですが、もし、患者があなたやあなたの大切な人だったとして、稀有な疾患だからケアしてなかったので対応できませんでした、という医療者の説明に納得できますか?


私自身、エスカレーターから転倒して大けがを負ったという方を治療した経験はありません。

しかし、私の大切な患者や友人、家族が、エスカレーターで怖い思いをしたり、持病を悪化させたり、痛みを増大させてしまったりした経験があります。私自身もときどきヒヤッとしたり、いやな思いをしたりします。

もし、あなたの大切な人がエスカレーターの事故で、大変な目に遭ったら、どう思うでしょうか。


ヘンタイな私は、脳卒中や心筋梗塞を発症したらエライことになる、ただ薬を飲むだけ、CPAPをするだけでそのリスクが大きく減るのだから、やりましょうよと患者を誘います。

最初から、「薬を飲みたい」とか「CPAPをしたい」とか思っている人はまずいないし、「脳卒中を避けたい」とか「心筋梗塞を避けたい」とかも、日常的にはあまりリアリティのない感情です。

でも薬を飲めば血圧が下がり、飲む手間も受診の手間も受診費用も大したことがない、最初から症状はなく、飲み始めても特にいいこともないけど、医者の話すストーリーによれば、私は健康になっている、疾病リスクを下げているらしい、それなら続けようか、、、そのうち、健康行動をしているということを忘れるほど服薬は習慣になり、知らず知らず健康行動が板についてきます。


話は逸れますが、当社のボロビルのエレベーターは「閉まるボタン」がないんです。

目的階のボタンを押したら、ただ、待つしかない・・・(笑)

ところが、2015年から毎日やっていると、「閉まるボタン」のあるエレベーターでも習慣的に押さなくなり、むしろ「閉まるボタン」を連打している人を見ると、ちょっと怖くさえなります・・・(笑)

習慣の力は偉大です。


CPAPの場合はみるみる自覚的に元気になるので、こんなに気持ちよくて、周りから若返ったと言われて、しかも疾病リスクが減ってるなんて、超ラッキーじゃないか!と思うらしくて、勝手にタバコやめたり、運動したりし始めるから不思議です。

CPAPをしても何も感じない、いいことはない、と話していた男性は、1日うっかりつけなかった翌日のパフォーマンスがひどくて、治療前の自分はこんなだったのかとはじめて気づいたそうです。二度とすっ飛ばしませんと勝手に誰かに誓ってました(笑)

まだ、CPAP海苔店に気づけてはいないけど、家族が「して」と懇願するのでやってます、という方もいます。奥様やお子さんが、無理にでもつけさせようとするという話はよくあります。家族の本能ってすごいですよね。多分、いびきの騒音や無呼吸の不安がないので、自分の睡眠偏差値が上がるんでしょうね。


こうした健康行動は、手間やコストがかかったり、周囲や家族からの反発があったりしても、絶対にやったほうが健康にはよいのですが、手間やコストがかかったり、周囲や家族からの反発があったりすると、続けるのは難しくなってしまいます。


禁煙や内服で回避できた疾病で大切な人を失った家族は、どうしてもっときつく健康行動を勧めなかったんだろうと激しく後悔します。

もし、大切な人をエスカレーター事故で失ったら、どうしてエスカレーターで歩かないよう注意しなかったんだろうと、残された家族はきっと後悔します。


エスカレーターで歩かないことは、自分にとって事故のリスクを低減する健康行動です。 家族につまらない後悔をさせるリスクも低減できます。 反対に、エスカレーターで歩かないことによるデメリットは何でしょうか?

それを、今日1日考えていたのですが、せいぜい分単位で目的地に早く到着する、すなわち時間の節約ではないでしょうか?


そんなに分単位の時間に価値がある方なら、可能性は低くても、転倒で大けがなんてしてられないですよね?

だったら明日から、5分早く家を出て、エスカレーターで止まってみる、または階段を使ってはいかがでしょうか。階段を使うと、それだけで健康によいですよ!

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