
会社が従業員の健康状態を把握する目的とは? 「個別対応の質」を上げる解決策
社会のルールは、人権を守るためにある
こんにちは、心陽CEOの石田陽子です。このコラムは私が書いています。
先日、ホームページをリニューアルし、AIにコラムを書いてもらうようになりました。
このコラムのタイトルは、AIのタイトルを真似してみました。
さすが、AIは、巷にあふれる情報を、その数を根拠に引っ張ってくる性質がありますので、巷のよくある誤解を、より取り上げます。
つまり都市伝説やポピュラーサイエンス、時にはシュードサイエンスを拡散する能力が高いです。
すでに人は生成AI発信の情報と医療者(科学者)発信の情報を見分けることができないというエビデンスや非医療者が生成AIを用いて、正しい医療情報を得ることは難しいというエビデンスが発表されています。

産業保健の世界も同じです。
さっき、私が課金して教育しているChatGPTが、
健康診断もストレスチェックも、「会社が従業員の健康状態を把握するための検査」です。
と回答して、めっちゃ叱られました。
もし、私たちが家畜なら、農作物なら、主人に健康状態を把握する検査を受けさせられ、その結果に応じて、自分の好みとは裏腹に、飼料や肥料の量や種類を変更されるなど、扱いを変えられてもしかたがないでしょう。
出荷するためには家畜や農作物の多様性ではなく、品質の安定を求めなければなりません。
しかし、私たちは人間です。人権は、雇用者と労働者に優劣はなく、等しく無限に尊いです。
その人権を守るための制度が法であり、もちろん労働法全般、労働安全衛生法も同様です。
だから、タイトルの「会社が従業員の健康状態を把握する目的」が、人権尊重であると説明できない限り、従業員の健康状態を把握しようとしてはいけません。
医者が患者の健康状態を把握する目的は診療ですが、私は医療機関でもない会社が、個人情報保護やプライバシーの保全をこなしながら、従業員の健康状態を把握するなんて、土台、無理だと思います。
個別対応の質を上げたいからこそ、従業員を同じルールで扱うべし
産業保健職の皆様、こんな「迷い」は、ありませんか?
- 体調が悪そうな従業員を見かけたら、悪化させないために、どんな声をかければいいの?
- 主治医の意見はあるけど、どこまで反映すべき?
- 本人の希望を、どの程度尊重すればいいの?
- 休職中や復職後に、いつまでどんなふうに配慮を行えばいいの?
多くの担当者が、多様な従業員への対応に悩んでいるようです。
- 制度や制限が曖昧なため、結局、属人的、場当たり的な対応になってしまうのが課題です。
- 「ちゃんとした」健康管理マニュアルがほしいんです。
- こういう従業員にはこう、ああいう従業員にはどう、という正解がわかりません。

健康管理マニュアル・・・それは、「失敗しないトマトの育て方」みたいなものでしょうか?
従業員は、土や肥料や湿度や温度によって、見た目や糖度などの品質を保たれて出荷を待つ農作物ではありません。
従業員は多様で、全員ちがいます。
糖度なのか酸味なのか、強みも個性もみんな違います。
その上、健康状態となると、同じ従業員でも毎日ちがいます。
ましてや健康課題となると、さらに複雑になります。
多様な従業員への個別対応は、「正解が一つではないからこそ、判断が難しい」領域ですよね。
産業保健職には「個別対応の質」がより求められているので、こちらのセミナーをどうぞ、このシステムを導入して下さい、こちらのアプリを配って下さい……
産業保健ベンダーや健康経営ベンダーは、このようなセリフで自社サービスを販売します。
私は患者や従業員を診て30年近く、健診結果ならのべ10万件、面談診察でものべ1万人以上の経験がありますが、全く同じ対応をしたことは、そのうち一度もありません。
それもそのはず、臨床医療というのはそもそも究極の個別対応、オーダーメイドで、場合によっては相手を間違えるとリスクになる対応も多いので、医者が医療機関でしか行えない等、さまざまなルールがあるのです。
そのものすごく細かいルールの中で、自分の専門分野の診療を行っていても、全く同じ対応は、一度もありません。
そもそも人は多様ですし、同一人物だって一瞬たりとて同じ状態はないのだから、どんなにルールの制約があっても、診療は必ず一期一会、100回やれば100通りになります。
そう、個別対応の質を上げるためには、むしろ、個別対応によるリスクを徹底的に排除するためのルールが欠かせません。
個別対応の質をあげる1時間のセミナーで、「個別対応の質」を上げるのは、私には不可能に思えます。
「誰でも手術がうまくなる」という無料ウェビナーを視聴しただけの、それまでは手術が下手で悩んでいた外科医に、執刀してもらいたいですか? 私はゴメンです。そのウェビナーを視聴した全外科医、心配ですw
とはいえ、多くのベンダーはこういう無責任な「場当たり対応」をします。
なぜならウェビナーを提供し、その流れで自社商品を販売するのが彼らの目的だからです。
彼らが皆様の「個別対応の質」を上げようとは思っていませんし、そもそも彼らは「個別対応の質」が上がる方法を知りません。そんな伝家の宝刀があるなら、高額健康管理システムではなく、「個別対応虎の巻」を、もっと高額で販売するでしょう。
どのベンダーのサービスも似たりよったりで、どの無料セミナーを受けても結果に差がないので、セミナーを視聴したのに「個別対応の質」が上がらなかったというクレームはほとんどありません。
究極の個別対応である臨床医療の中でも、最も個別性が強いのが麻酔管理ではないかと、私は思いますが、麻酔科には、「滴定」という他の診療科にはない作業があります。
麻酔に使用する薬物はほとんど、有効の幅が狭いので、この人にとっての適量はどれくらいかを厳密に判定する作業です。有効の幅というのは、量にしても、効果発現時間にしても、効果持続時間にしても、多すぎれば死んでしまうとか、少なすぎれば効果がないとかだけじゃなくて、少なすぎると逆効果になる……なんていう状況もあります。
多くの内服薬は、80歳35kgのおばあさんと、20歳100kgのムキムキお兄さんに、同じ「成人」用量を処方しますが、それを麻酔関連薬でやると、たいへんなことになります。
滴定は誰にとっても毒にならない程度の量から、反応を見て薬の量を増やしていきます。
とはいえ、80歳35kgにとって絶対安心の量から、20歳マッチョを始めると、適量に達するまで時間がかかりすぎて命が救えなくなってしまうので、開始量も属性に応じて変えていきます。
経験数に応じて再現性は高まりますが、何万例やっても予期せぬ反応に遭遇します。
何十万分の1というような稀な反応の場合は、症例報告などの知識が役立つことがあります。
教育によって個別対応の質があがるとしたら、そういう特例への対応成功事例の共有でしょうね。
従業員に労働安全衛生法の三管理を実施するときも同じです。
従業員は多様なので、同じルールをあてはめるだけで、多様な個別対応になります。
多様な従業員に、はじめから根拠も妥当性もない多様な対応をすることは、質の高い個別対応ではなく、属人的な場当たり対応です。
すべての従業員に対して、同じルール、変更不可能なルールを当てはめようとするとき、従業員の多様性への対応として、その当てはめ方に合理的な配慮が要求されます。
その配慮こそが、「個別対応の質」そのものではないでしょうか?
健康診断やストレスチェックは、その結果に応じて従業員の取り扱いを変えるための制度ではありません。
従業員には健康診断やストレスチェックを受ける権利(健康診断は義務も)と、その結果を閲覧する権利があり、多様な結果をきっかけに多様な行動変容をする自由があります。
多様な従業員がルールを守って自由に働くと、自動的に生産性が高まり、会社の社会的価値が向上する、そういうルールを設計することが、全従業員の個別対応の質を高める解決策なのです。
対応が一定でないと多様な従業員に対して合理的な配慮ができないという状態は、こちらのコラム「健康経営とポピュレーションアプローチ」の私の作図をご覧ください。
多様というより曖昧で規律のない職場環境において、リアルに多様な従業員を管理しようとすると画一的な対応しかできない一方で、組織風土がきっぱり決まっていると、従業員の多様性が浮かび上がります。
労働安全衛生法の三管理
体調が悪そうな社員を見かけたら、早退して、病院を受診するよう勧めることが、最も合理的な個別対応です。
- 受診するまでのレベルじゃないときは、どうしたらいいですか?
- 悪化するかどうかはどうしたらわかりますか?
- 本人が、受診を拒んだら、どうしたらいいですか?
こんな反応が多いですが、受診に禁忌はありません。
悪化する前に受診するのが最高です。
早期発見・早期治療に勝るものはありません。
でも、もし受診を勧めたのに悪化しなかったら?
⋯⋯よかったじゃないですか、なんでそれが問題になるのか、私にはわかりません。

これは厚生労働省の公表事例ですが、相手が誰であっても、具合が悪そうであれば、こうして声をかけるのではないでしょうか。
12時の声かけで、作業を中止して受診していたら、亡くなることはなかったかもしれません。
このとき、受診に付き添うか、人手がないなら搬送する裁量権があれば、救えていた命かもしれません。
具合が悪くなった経験は誰にでもあると思いますが、具合が悪いときは、いつもより合理的な判断ができません。特に職場で具合が悪くなったときには、周囲に迷惑をかけてしまうことが気になり、なんとか具合が悪いことを悟られないように頑張ろうとしてしまいます。
心配して声をかける側にも似たような経験はあるものですから、大丈夫と答える気持ちもわかり、つい引き下がります。
搬送しなければいけないというルールがなくても、意識が朦朧としたら決断できるのですから、ルールさえあれば、対応できたと思います。
ルールというのは何かを強制して窮屈にするためにあるのではなく、自分がよいと考える行動の背中を押してくれるためにあります。
職場では、他覚的にも、自覚的にも、具合が悪そうと考えたら受診すること、そういうルールをつくるだけでよいのです。
もちろん中には「なんでこの程度で病院に来たの?」なんて言う心ない医療者も存在します。
「会社のルールだからです」と正々堂々、答えればいいし、受診理由として最初から伝えればいいんです。
私なら、「なんて素敵な会社なの!」と驚いて、その会社のファンになります。
会社のファンを増やすのは、最高の経営戦略です。
つまらない対応しかできない医者には二度とかからなければいいだけで、仲間にとって手遅れになるより、ずっと気が楽です。
小医は病を、中医は人を、大医は国を医すという言葉があります(「医す」とは「診療する・治療する・治癒させる」というような意味)。
国(多様な人間を含む集団)を医すには、ルールが必要です。
体調が悪いときには働かないことを規定するルールも大事です。
そのルールは体調が悪くないときから周知させておかないと、合理的な思考が弱まる体調の悪いときには思い出せません。
労使契約時にその時点の従業員の健康状態を会社が評価し、その時点の業務遂行能力から今後の会社への貢献を推定します。
従業員は労使契約開始時の健康状態(原則として健康課題のない状態)を維持増進する自己保健義務を負い、当然、企業は従業員の健康状態に対して三管理を通して責任を負います。
三管理とは、作業管理、作業環境管理、健康管理です。
これが労働安全衛生法で定められる日本の産業保健制度の骨格です。
産業医は会社が三管理を行うに当たり、医学的な知見から事業者に意見します。
それが産業医の役割であり、診療行為は禁じられています。
体調の悪い人の悪化を防ぐ行為は診療であり、医師であっても医療機関においてのみ行うことです。
従業員は業務を遂行するために体調を整え、会社は業務上の健康障害が生じないよう三管理を行います。
業務は原則、健康な状態で行います。
体調不良の場合は、休んで受診するよう推奨してください。
体調が悪そうな社員に気づいたら、すぐに受診させて下さい。
決して、社内で様子をみないでください。
受診できないほど、体調が悪そうなら、迷わず救急車を呼んで下さい。
私は健康診断の結果を見て、就業判定をするとき、「異常なし」と書くことはありません。
法定健診項目の中に、標準値の範囲に入っていない有所見項目がないことと、医師が「異常なし」と言い切ることは別だからです。
「配慮不要」などという項目を設定している企業もありますが、配慮不要というラベルは人権を尊重しているとは言い難いですね。
もし、現場の担当者が、個別対応の質を上げたいと感じているのなら、一度、心陽の話を聞いてみませんか?