職場のスクリーニング

更新日:2020年12月17日

2018年9月に全5回のシリーズで、健康経営にありがちなまちがいに警鐘を鳴らしました。

そもそも健康経営と健康管理は全く別物ですが、従業員の健康管理として機能する健康経営施策はあります。健康経営はひとつの経営哲学なので、その哲学をもって、企業が労働安全衛生法に従って従業員の健康管理を行えば、その健康管理実務は健康経営施策です。

ところが、不良品を取り除く検品作業と健康管理を混同してしまう経営者が多く、その態度は健康経営哲学とは正反対です。従業員への適切な業務支援につながらない健康管理は、今すぐやめましょう。


第1回 組織の正義 Organizational Justice


Organizational Justice 組織の正義


とはいえ、健康経営の本質から遠いサービスを提供する、自称健康経営支援ビジネスが乱立しています。適切なサービスで従業員の健康を向上し、結果として組織の収益を上げましょう。

健康経営哲学における最重要概念は『組織の正義【0rganizational Justice】』です。 従業員は組織の正義を知覚すると信頼を高め、自律的に健康を向上します。


だからこそ、法定健診やストレスチェックという法定項目を検品作業としてではなく、正義の体現として実施してください。


法定健診の目的は、1)医学的な視点による就業判定、2)労働災害の早期発見および防止、そして3)職業関連性疾患の検出であり、ストレスチェックの主目的はストレスレベルの自覚によるメンタルヘルス不調の一次予防です。


正義といっても、特別なことをする必要はなく、最低限の目的を果たせれば、実施費用や実施時間などのコストを最小にすることを目指すのは、たいへん優れた健康経営戦略です。 一方で、法定外項目や豪華な弁当などを足しても、目的から遠ざかり、コストだけが膨らみます。

健康経営はけっして、福利厚生費で黒にんにくや水素水を購入するような、「健康関連の余計なアレコレをつけくわえる」ものではなく、目的を明確にした上で、公正で合理的な経営判断をする態度、すなわち組織の正義を従業員に広く示すことで、従業員の信頼を勝ち取り、組織の収益拡大につなげるための哲学です。


健康診断やストレスチェックを職場の健康ハイリスク者のスクリーニングと捉えるサービスが多いので、多くの経営者は誤解するようです。スクリーニングは、検出したハイリスク者に対してハイリスク戦略を行う目的で行うもので、その検出力によほどはっきりとした科学的エビデンスと妥当性がないのなら、非医療機関で健康ハイリスク者の検出を行うべきではありません。ましてや、明確にハイリスク者のリスクを低減できるハイリスク戦略の計画がなければ、どんなに検出力の高いスクリーニングも無用です。


無機物対象の検品作業では、基準値を設け、基準範囲から逸脱する品物を廃棄したり、基準値に収まるように修正したり、価格を下げたりしますが、いずれにせよ、コストによって検品や対策を選択します。コストが一緒なら、不良品なのに標準と誤る偽陰性や、標準なのに不良と誤る偽陽性のどちらもないように完璧に検出するスクリーニングが望ましいですよね。

同様に健診やストレスチェック結果によって、従業員の健康レベルに「不良」や「訳アリ」のラベルを付けて、その後、どのような対策を行うつもりでしょうか。

2020年、メタボ健診後の特定保健指導に、メタボ・ハイリスク者のリスクを低減する効果がないことが科学的に確かめられました。臨床医であり、公衆衛生家である私には、全く驚くべき内容ではありませんでした。

経営者が、「いいと思ってやっていたのに」と嘆くのは勝手ですが、従業員は「『思った』だけの判断で、私は大切な時間を使って、効果のない説教を聴かされたの?」、「なぜ、しっかりと妥当性を検証しないの?」、「普段の業務指示も、そんな場当たり的で属人的に、『いいと思った』から発されているの?」と不信感を募らせます。


健康関連以外の設備投資なら、しっかりと妥当性を検証して、類似サービスを比較検討しますよね。

思いが先に走り、興味本位で健康ハイリスク者をあぶりだすことは、愛する配偶者の浮気を見張るため、興信所を使うようなものです。素晴らしい夫婦になりたい、もっと相手を理解したい、愛しているからこそ浮気をされたくない気持ちはわかりますが、興信所には浮気を予防する機能も愛を深める能力もありません。浮気があろうとなかろうと、夫婦と関係のない機関に自分の生活を探られたという事実を知ったとき、相手は愛されていると実感することはなく、急速に愛と信頼を萎えさせていくでしょう。


健康経営施策の選択は、組織の公正性を従業員に広く実感させる最高のチャンスです。 たとえば名義貸しだけの産業医に払う報酬は、労務の代償とはいえませんから、そもそも報酬というよりおこづかいのようなものです。自分が汗水垂らして働いて得た企業の利益が、名ばかり産業医のおこづかいになっていると知って喜ぶ人間はいません。社長の愛人へのお手当と印象は一緒です。それどころか愛人は社長のパフォーマンスをあげるかもしれませんが、名ばかり産業医は誰のパフォーマンスも上げません。従業員は企業の資本に寄与していますから、その使い道によって企業への信頼が変化します。


従業員の中で健康ハイリスク者を見つけたい経営者は、事前にリスクを見つけてそのリスクを取り除いてあげたいと考えるのでしょうが、確実にそのリスクを取り除ける自信がある場合のみ、従業員に同意を得た上で行なってください。