パンデミックが世界の公衆衛生、特に職域の健康に与えた影響

Work and worker health in the post-pandemic world: a public health perspective


私がコラムを更新しないことが、心陽のホームページに人気のない原因だと番頭に叱られたので、命じられたとおり、なんとか週に一度は、更新しようと思います。


本日紹介するのは、パンデミックが世界の労働衛生に与えた影響を、なんというか叙述的にシステミックレビューした感じのユニークな研究です。研究というより素敵なコラムという感じです。

参考文献の一つ一つも読み物として面白いので、ぜひ、覗いてみてください。


結論は、私が普段から主張していることと同じなので、すっかりシンクロニシティを感じて嬉しくなってしまいました。

医学知識なんていらないから、あらゆる格差をなくす方向に、世界、国、企業、それぞれが動きましょうというのが結論です。

コミュニティに格差がなくなると、メンバーは組織の正義を知覚して、Cohesionが増します。そのとき、人は心理的安全性のもと、自律的に人的資本を獲得していき、集団内部では結束力が高まります。

この図のWorkerの部分にあるのは、すなわち人的資本ですよね。





働き方にかかわらず、シヴィリティ(礼節)のあるふるまいをしていれば、人は心理社会的な集団免疫で守られて、健康と生産性をぐいぐい自ら引き上げます。とはいっても、「人としての最低限のマナー」も人によって多様です。


先日、産業ストレス学会で、コーヒーを飲むためにマスクを外していたら、2mくらい離れた席に座っている方から、「マスクしてください」と注意されました。私は不織布マスクでしたが、彼女はウレタンマスクでした。彼女も私と同様に途中でペットボトルから飲み物を飲みましたが、そのとき、顎マスクにしていました。

私のモラル、感染症の医学知識がある上での常識では、顎マスクは不潔、少なくとも感染対策として理想的なマスクの着脱方法ではないし、ウレタンマスクより不織布マスクのほうが好ましいと感じます。

そもそもマスクの着脱は、手指が粘膜の多い顔に触れるきっかけになりやすので、企業の感染対策として、頻繁に着脱をしないで済むようなルールを作るよう指導しています。

万が一、手指が汚染してもそれを体内に入れなければ感染しないので、手指で顔に触れる機会を減らす努力をするほうが妥当なのです。

飛沫が飛んでもマスクの表面で受け止めるという前提なのに、表面を触ってマスクをずらした指で何かを口に入れるのはおかしいですよね。

もちろん、私は注意をされて、すぐに謝ってマスクをしてコーヒーを諦めましたが、腑に落ちない思いがしました。相手が職場の同僚で、その理不尽を指摘できない新社会的職場環境だったら、生産性が落ちるだろうと思います。


そういう事象を発生させないために企業は、法令を守るだけでなく、従業員の多様性をつなぐ、具体的な行動を規定するローカルルールを設定します。ローカルルールの存在する意味や目的、そしてなによりもルールを守るノームを浸透させることが大事です。

たとえば、共有の道具の扱いに対して、乱暴や清潔などの感覚は人によって様々ですよね。その場合は、清掃や整備の頻度や方法などの具体的なルールを設定します。それでは足りないと思った個人が、もっと頻繁に丁寧に洗うのは自由だけれど、ルールを守っている他者を自分の感覚で不足しているからといって批判してはいけません。もちろん、自分の感覚より過剰、大げさに思っても、「わざわざ洗い直して嫌味ね~」とか、「潔癖でいやだわ~~」とか陰口するのもNGです。どちらも、心のなかで思うのは自由だけど、言動や表情には出さないでください。そのルールを制定した企業に対して、この企業の従業員であることを誇りに思い、コヒージョンが強ければ、ルールに対しても誠意を尽くせるはずです。道具を扱うルールは道具のためではなく、道具を使う人のためにあるのです。





よく例に出しますが、どうせ車が来ないから守らなくていいというノームが浸透してしまっている信号は、その本来の目的を果たすことができません。むしろ、その赤信号で止まるのがかっこ悪くて、人の目が気になって、止まりたくても止まれません。ルールを守るのは人ですから、ルールだけを決めたら、機械のように完璧に守れるわけではありません。信号無視して横断している人に気付いて、人である運転手がブレーキを踏むことは期待できますが、事故に遭えば、自分の人生だけでなく、ルールを守って走行していた運転手の人生にもダメージを与えるのです。小さなルールを守ることが、見知らぬ誰かの人生を守ることにつながります。

私は心理社会的集団免疫という表現を使いますが、弱者を守るために好き嫌いにかかわらず、妥当な行動を選択することが大切です。それが格差のない、結束力の高い社会につながるからです。


前述の産業ストレス学会のシンポジウムによると、改正パワハラ法でパワハラが定義されたとはいえ、裁判で当該行為がパワハラと認められる機会は少ないそうですが、これは法令の話ですよね。だからといって、法令遵守、裁判で認定されないスレスレ行為ラインを探すのが、企業のパワハラ対策の目的ではありません。誰にとっても働きやすく、生産性の高まる心理社会的環境を醸成するのが目的です。それにはもちろん、ユニバーサルなモラル、人道的なマナー、シビリティ、礼節など、表現はどうあれ、誰にとっても気持ちのいい、少なくとも不快な気持ちにならない言動が大切ですが、多様化する職場では、具体的な文言で共通の価値観を示す、手厚い就業規則や社内規定を作ることが必要です。ただし、ルールを作る前には、そのルールの意味を示し、NORMを浸透させることが大切です。


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